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ヒューリスティックのわな(前編):行動経済学の基礎知識2

行動経済学の基礎知識

更新日:2021年9月28日(初回投稿)
著者:関西学院大学 経営戦略研究科 教授 池田 新介

前回は、認知処理システムについて紹介しました。私たちは判断を行うとき、全ての材料を細かく検討するのではなく、おおよその目算で済ませます。熟慮システム(システム2)を立ち上げて考えるのではなく、直感システム(システム1)によって大体の判断を下します。ハーバート・アレクサンダー・サイモン(第1回参照)は、こうした直感による大ざっぱな判断を、ヒューリスティックと名付けました。ヒューリスティックによる判断は、システム2による合理的な判断からは外れたものになります。そうであっても、平均すればゼロになるようなランダムなものであれば問題ありません。しかし、多くの場合、それはシステマティックなエラー、つまりバイアスを伴うため、私たちの意思決定や行動を狂わせます。今回と次回は、3つのタイプのヒューリスティックを取り上げます。

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1. 「それらしさ」に引きずられる-代表性のヒューリスティック

行動経済学では、物事の「それらしさ」のことを、代表らしさ、または代表性といいます。そして、それらしさによって物事の起こりやすさや確率を見積もることを、代表性のヒューリスティックといいます。要するに、ステレオタイプによる判断です。

私たちが最も陥りやすい判断ミスは、物事のそれらしさに引っ張られ、その起こりやすさや確率を判断してしまうことです。

例えば、ある人物の性格について、規則にうるさく神経質なところがあると説明されてから、その人の職業を想像する場合を考えてみましょう。多くの人は、その人が販売店員であるよりも、会計士である確率を高く見積もります。規則にうるさく神経質という性質が、販売店員よりも会計士の方に、それらしいと考えるからです(図1)。

図1:職業によるそれらしさ(イメージ)

図1:職業によるそれらしさ(イメージ)

感覚的なそれらしさが、客観的な確率をうまく反映していれば問題ありません。しかし、代表性のヒューリスティックには、それらしい事象の確率を感覚的に過大に見積もり、それらしくない事象を過小に判断するバイアス(偏り)が伴います。

上の例でいえば、規則にうるさく神経質という属性が、販売店員よりも会計士に似つかわしいために、会計士である確率の方が高いと判断してしまいました。しかし、販売店員の人口の方がはるかに多い事実を踏まえると、その確率判断は正しいとはいえません。会計士らしさに引っ張られて、会計士である確率を過大に、販売店員である確率を過小に見積もっているということです。

2. 代表性のヒューリスティックから起きる判断ミスの事例

代表性のヒューリスティックから起きる判断ミスの事例を3つ紹介しましょう。

事例1:AとBが同時に起きる確率をBが起きる確率よりも大きいと判断してしまう

2人の心理学者エイモス・トベルスキーとダニエル・カーネマン(第1回参照)が考案したリンダ問題と呼ばれる有名な例を紹介しましょう。若いころに社会派学生だったリンダの現在の姿としてありそうな順番に選択肢を並べてもらう問題です。みなさんもトライしてみてください。(参考:Tversky, A. and D. Kahneman, Extensional versus intuitive reasoning: The conjunction fallacy in probability judgment, Psychological Review 90, 1983より作成)

<クイズ1>
リンダは31歳で独身、素直でたいへん聡明な女性です。哲学を専攻していました。学生時代は差別と社会正義の問題に深い関心を持ち、反核デモにも参加しました。以下は、今のリンダを説明するものです。ありそうな順に1~8の番号をつけてください。
1:小学校の教師 ( )
2:書店の店員でヨガ教室に参加 ( )
3:フェミニスト運動に積極的 ( )
4:精神科のソーシャルワーカー ( )
5:女性有権者同盟の会員 ( )
6:銀行の窓口係 ( )
7:保険の外交員 ( )
8:銀行の窓口係で、フェミニスト運動に積極的 ( )

ここで問題になるのは、6:銀行の窓口係と、8:銀行の窓口係でフェミニスト運動家の順番です。多くの回答者は、6よりも8の方がありそうだと回答しますが、これは正しくありません。窓口係であるという単独事象の確率が、窓口係かつフェミニスト運動家であるという2つの事象が同時に起きる確率よりも小さくなることはありえないからです。

このように、同時事象の確率を単独事象の確率よりも高いと判断してしまう間違いを、同時発生の誤り(Conjunction Fallacy)といいます。同時発生の誤りを犯すのは、元社会派学生にとって、窓口係よりもフェミニスト運動家の方がそれらしいために、8の確率を過大に見積もってしまうためです。

これは、少し考えてみれば気付くことのできる論理矛盾です。しかし、同時決定の誤りを犯してしまう背後には、システム1による早合点があります。実際に、図2に示したように、システム2が強い熟慮タイプよりもシステム1が強い直感タイプの方が、リンダ問題で同時決定の誤りを犯す確率が高い傾向が知られています。

図2:直感タイプの方が、同時決定の誤りに陥りやすい(参考:Oechssler, Roider, and Schmitz, Cognitive abilities and behavioral biases, Journal of Economic Behavior & Organization 71, 2009より(N=1,250))

図2:直感タイプの方が、同時決定の誤りに陥りやすい(参考:Oechssler, Roider, and Schmitz, Cognitive abilities and behavioral biases, Journal of Economic Behavior & Organization 71, 2009より(N=1,250))

事例2:PCR検査陽性者の罹患(りかん)確率を大きく見積もってしまう

代表性のヒューリスティックによる判断ミスは、より具体的に確率的な判断を求められる深刻な場合にも分かりやすいかたちで生じます。例えば、感染症に罹患しているかどうかの検査結果を見て、その人が実際に罹患しているかどうかを確率的に判断するケースです。

次の問題を考えてみてください。PCR検査で陽性と出た場合に、実際にCOVID-19に感染している確率がどのくらいかを判断する問題です。

<クイズ2>
ランダムにPCR検査を行ったところ、ある人に陽性が出ました。実際にこの人がCOVID-19に罹患している確率は、次の1、2のどちらだと思いますか。

1:70%未満、   2:70%以上

ただし、COVID-19の罹患確率は0.1%、PCR検査の陽性の確率は0.17%、COVID-19感染者がPCR検査を受けたときに陽性と出る確率は約70%とされています。(参考:武見基金COVID-19有識者会議、COVID-19に対するPCR検査体制、2020年)

多くの回答者は、2の70%以上と答えたくなるはずです。ところが実際にPCR陽性者が罹患している確率を計算してみると、今の場合、41.2%にしかなりません。つまり1が正解です。算出にはベイズ公式という確率演算の公式(70%×0.1%/0.17%)を使っていますが、それを知らなくても、システム2でしっかりと考えれば、2でないことは大体分かります。というのは、そもそもPCR検査で陽性となる確率が0.17%であるのに対して、COVID-19の感染確率は0.1%しかありません。単純に見積もっても、陽性者の中に、かなりの割合で非感染者がいることが分かるからです。

では、どうして2と答えてしまうのでしょうか? ここでも代表性のヒューリスティックスが災いしています。罹患者という属性が、陽性者のそれらしさ(代表性)を持っているために、罹患者である確率を過大に見積もってしまうのです。

このように、検査陽性者=感染者というステレオタイプに引っかかって、偽陽性(間違いの陽性)の可能性を見過ごしてしまう誤りは、ハーバード・メディカルスクールのような最先端の医療機関でも普通に見られることが知られています。高度な教育を受けた専門医師でも、直感のわなから逃れることの難しさを示すエピソードです。

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