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化学工業の歴史1~無機・有機化学工業の基盤成立~:化学工業の基礎知識2

化学工業の基礎知識2:化学工業の歴史1~無機・有機化学工業の基盤成立~
更新日:2016年1月28日(初回投稿)
著者:公益社団法人化学工学会 SCE・Net 山﨑 徹

化学工業は18世紀後半、産業革命によって需要が増した酸とアルカリの供給に始まりました。この時代から現在までを大きく3期に分け、化学工業がどのように発展してきたのか解説します。

第1期は、近代化学工業の基盤成立の時代です。18世紀後半の産業革命から19世紀末までの150年間、欧米を中心に、さまざまな化学製品の工業的規模での生産が開始され、近代化学工業の基盤が成立しました。今回は、第1期の前半です。酸(硫酸)とアルカリ(炭酸ソーダ)の生成と、コールタールに始まる有機化学工業の誕生にまつわるエピソードを紹介します。

図1:近代化学工業における主な出来事(産業革命から20世紀初 頭まで)

図1:近代化学工業における主な出来事(産業革命から20世紀初頭まで)

1. 硫酸と炭酸ソーダ:無機化学の基盤確立

硫酸の生成(鉛室法)

硫酸H2SO4の製法は、1746年に英国の化学技術者ジョン・ローバック(John Roebuck)によって基礎技術が確立され、18世紀後半に「鉛室法」として完成を見ました。

銅の精錬副産物や、黄鉄鉱FeS2など非鉄金属の焙焼で得られる二酸化硫黄SO2を、鉛板で内張りした室内(装置内)で二酸化窒素NO2を触媒として酸化し、水に溶解して硫酸H2SO4を得る方法です。鉛室法は19世紀、英国を中心に欧州で広まりましたが、得られる硫酸濃度が低かったため、現在では五酸化バナジウムV2O5を触媒とする「接触法」に置き替わっています。

炭酸ソーダの生成1(ルブラン法)

せっけんやガラスの原料となる炭酸ナトリウム(炭酸ソーダ)Na2CO3は、18世紀の欧州では海藻灰に頼っていました。特にスペイン海岸で生産されたものが良質で広く使われていましたが、生産量に限りがあることや、スペインとの国交状態によっては輸入ができなくなる(例えばフランスはスペインとの王位継承戦争により供給を断たれる)などの問題があり、人工的な製造法が望まれていました。

このような背景から、フランスの化学者ルブラン(Nicolas Leblanc)は1789年に、食塩NaCl、硫酸H2SO4、石灰石CaCO3から炭酸ナトリウムNa2CO3を得る「ルブラン法」を発明し、1791年には工場を建て操業を始めました。

ルブラン法は、まず食塩NaClと硫酸H2SO4を窯の中で加熱し、硫酸ナトリウムNa2SO4を生成します。次にこの硫酸ナトリウムNa2SO4にコークスCと石灰石CaCO3を加え、反射炉で加熱して、黒灰という固形の塊を生成します。

黒灰とは、反応生成物の炭酸ソーダNa2CO3と硫化カルシウムCaSおよび未反応物の石灰石とコークスの混合物です。これらの成分の中で水に溶けるのは炭酸ソーダNa2CO3だけです。そこで黒灰を水に浸して、炭酸ソーダNa2CO3だけが抽出された水溶液からソーダを結晶として取り出します(図2)。

図2:ルブラン法の化学反応式

図2:ルブラン法の化学反応式

ルブラン法は工業的には成功を収めました。しかし、当時のフランスは革命の混乱のさなかにありました。ルブランは特許を認められずに技術の公開を強要され、また工場運営の資金繰りにも行き詰まり、失意のうちに亡くなりました。

19世紀に入り、ルブラン法は産業革命が先行している英国で発展しました。1823年、せっけん工業の中心地であったリバプールに、ルブラン法を採用した本格的な工場が建てられ、1824年には5,000トンの炭酸ソーダを生産しました。その後、ルブラン法の工場は欧州や米国の各地に次々と建設され、全盛期の1880年ごろには60万トンもの炭酸ソーダを供給するに至りました。

図3:ルブラン法を用いた英国の炭酸ソーダ工場(引用:Wikipedia)

図3:ルブラン法を用いた英国の炭酸ソーダ工場(引用:Wikipedia)

ルブラン法の反応では、食塩NaClと硫酸H2SO4を加熱すると、硫酸ナトリウムNa2SO4と同時に、腐食性の塩化水素ガスHClが発生します。この塩素水素ガスは、未反応の硫酸ミストと共に工場の煙突からそのまま放出されたので、工場の周辺の樹木や畑の作物を枯らし、作業者や近隣住民の人体にも悪影響を与えました。

また、炭酸ソーダを抽出した後の黒灰(廃黒灰)も、硫化物特有の悪臭をまき散らしました。大量に発生した廃黒灰は、廃坑や河川敷、海などに捨てられることもありました。

初めての本格的な化学工場といえるルブラン法の工場が、このような環境問題を引き起こしたことは、20世紀に入ってからの化学工場による公害問題を予見しているようです。もっとも当時は、製造の過程を化学反応式で正確に記述することができなかった時代です。目的の生成物のほかにどのような副生物が生じ、それが環境にどのような影響を与えるのか予見できませんでした。

リバプールのルブラン法の工場は、住民の反対や公害防止の立法化によって増設ができなくなり、公害防止の技術の開発が進められました。発生した塩化水素ガスHClを、水H2Oに吸収させた上で酸素O2と反応させて塩素Cl2とし、さらし粉として利用する技術が1880年に完成しました。1887年には、廃黒灰を硫黄Sとして回収し、硫酸H2SO4に変換してリサイクル使用する技術が完成しました。

図4:ルブラン法・公害防止のための化学反応式

図4:ルブラン法・公害防止のための化学反応式

1世紀近くかけてルブラン法の技術は完成の域に達しましたが、この時すでに新しい製造法「ソルベー法」との競争が始まっていました。それまで主流を占めていたルブラン法は、プロセスとして本質的に優れたソルベー法に、やがてその座を譲り渡すことになります。

炭酸ソーダの生成2(ソルベー法)

ベルギーの化学者で実業家であるソルベー(Ernest Solvay)は1863年、炭酸ソーダNa2CO3の新しい製造法「ソルベー法」の工業化に成功しました。「アンモニア・ソーダ法」とも呼ばれるこの製法は、塔の形状をした反応装置を用います。

アンモニアNH3を吸収した食塩水NaClを塔の上から連続的に流し、下から炭酸ガスCO2を吹き込むと、塩化アンモニウムNH4Clと炭酸水素ナトリウムNaHCO3が生成されます。この炭酸水素ナトリウムNaHCO3から、加熱分解することで、炭酸ソーダNa2CO3が得られます(図5)。

図5:ソルベー法(アンモニア・ソーダ法)の化学反応式

図5:ソルベー法(アンモニア・ソーダ法)の化学反応式

実は、炭酸水素ナトリウムNaHCO3の加熱分解によって炭酸ソーダNa2CO3が得られることは、ソルベー以前から知られていました。しかしながら、アンモニアNH3や二酸化炭素CO2など気体を扱う技術が未熟かつ、アンモニアNH3の入手が困難だったため、実用化されることはありませんでした。

一方、ソルベー法が発見された19世紀後半は鉄鋼業が隆盛を極め、製鉄に使うコークスCを生成する際に副生されるアンモニアNH3が容易に手に入ったことが、ソルベー法の普及を後押ししました。

ソルベー法の主反応に使われる二酸化炭素CO2は、炭酸カルシウムCaCO3を加熱分解することで、生石灰CaOと共に得られます。またこの主反応で副生される塩化アンモニウムNH4Clに、生石灰CaOに水を加えてできる消石灰(水酸化カルシウム)Ca(OH)2と接触させると、アンモニアNH3、水H2O、塩化カルシウムCaCl2を発生します。アンモニアNH3と水H2Oは、主反応に循環使用されます。

つまりアンモニア、二酸化炭素、水は、製造プロセスの中で循環使用が可能なのです。そのため、ソルベー法は原料の食塩NaClと炭酸カルシウムCaCO3を投入するだけで、製品の炭酸ソーダNa2CO3を得ることができ、同時に無害な塩化カルシウムCaCl2が副生されるだけの、効率的な製造法といえます。

加えてソルベー法は、ルブラン法に比べ反応温度が低いためエネルギー消費が少なく、生産コストを安価に抑えられます。また工程が簡単なだけではなく、品質も優れていました。そのためソルベー法は、19世紀後半に英国を中心に広がりました。1902年には、全世界のソーダ生産量176万トンのうち、大半の162万トンがソルベー法で供給されたといわれています。

図6:米国のソルベー法の炭酸ソーダ工場(引用:Wikipedia)

図6:米国のソルベー法の炭酸ソーダ工場(引用:Wikipedia)

2. 無機化合物から有機化合物を作る:有機化学工業の基盤成立

保管用PDFに掲載しています。ぜひ、下記よりダウンロードして、ご覧ください。

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