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顧客管理(CRM)の基礎知識

顧客管理(CRM)の基礎知識

著者:東京大学 大学院 経済学研究科 マネジメント専攻 経営講座 教授 阿部 誠

本連載では、全6回にわたり顧客管理(CRM)の基礎知識を紹介していきます。CRMとはCustomer Relationship Managementの略で、顧客との関係性を構築し、管理するマネジメント方法をいいます。第1回は、これまでマス(大衆)で捉えられてきた顧客ニーズを個々人のものとして認識し、最適な戦略として展開する新たなマーケティングの考え方について解説します。

第1回:マスから個々人へのマーケティング

1. 1to1マーケティング

1to1マーケティングとは、誰に対しても画一的なマーケティングを行うのではなく、顧客それぞれの興味関心に合わせたマーケティングを行うことです。現代の成熟した経済社会では、個々の消費者(顧客)の違い、つまり製品に関する選好や、マーケティング刺激に対する反応の異質性を十分に認識し、それに適切に対応することが特に重要です。マーケティングの世界では、セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニングを基礎とする差別化された製品の提供や、顧客によって異なったマーケティング活動を実施することなどが、早い時期から行われてきました(図1)。

図1:STPプロセスによるマーケティング戦略

図1:STPプロセスによるマーケティング戦略(引用:阿部誠、株式会社KADOKAWA、[図解]大学4年間のマーケティングが10時間でざっと学べる)

・セグメンテーション

セグメンテーションは、STPの最初のプロセスで、ニーズにより市場を細分化することをいいます。そして、それらの市場や顧客にアプローチするために、セグメントの特徴を人口統計学(性別、年齢、居住地域、職業など)や消費特性に関連付けたプロファイリングを行います。

・ターゲティング

ターゲティングは、セグメンテーションを行った後、標的とする顧客層を選択し、マーケティングを展開することをいいます。マーケティングの分野ではSWOT分析などが事例として取り上げられ、強み(Strengths)、弱み(Weaknesses)、機会(Opportunities)、脅威(Threats)の4つのカテゴリーで魅力度の評価などを行います。

・ポジショニング

ポジショニングは、市場の中で自社製品やサービスにおいて独自のポジションを築くことです。どのような価値やベネフィットを提供するか、競合とどう差別化を図るかなど指標を明確にします。

顧客の満足度を最大にするためには、本来であれば個別対応をすることが理想的です。しかし、ビジネスにおけるベネフィットとコスト、個々人へのアクセスと差別化の難しさから、企業では通常セグメンテーションという形で差別対応を図っています。ただし、顧客数が限られている場合や、取引が高額である、さらに取引が継続的に行われる場合など、状況によっては個別対応がなされることもあります。多くのソリューション提案型B2Bビジネス、住宅・自動車販売や富裕層に対する百貨店の外商やコンシェルジュなどがこれに該当します。

こうした、ビジネスを取引や販売の単位ではなく顧客の単位で捉え、新規獲得や維持、またはクロスセル(他の商品を同時に購入してもらうこと)を通じて、長期的な観点から収益を得るという概念がCRM(Customer Relationship Management:顧客関係管理)です。新規顧客の獲得コストは、既存顧客の維持コストの5~10倍ともいわれているため、顧客と長期にわたる関係を構築し、継続的な取引を行うことが大切です。そのためには、……

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2. 経済の環境を大きく変えたインターネット

インターネットの一番の特徴は、情報の発信と受信の両方が可能なことです(図2)。コンピュータなどの情報機器は、双方向性のメディアにつなぐことにより、非常にパワフルなツールとなりました。ネットは、消費者と企業の行動に多大な影響を与えています。ネットが普及する以前、製品・サービスに関する情報は、需要側(消費者)よりも供給側(企業)の方が圧倒的に多く持っていました。

しかし、消費者を、情報処理者と捉えると、質問を投げかけては答えを得るというネット上の一連の情報探索行動(いわゆる、ネット検索)は、この情報量の偏りを大きく緩和しています。その結果、消費者側はより強いパワーを持ち、4P(Product、Price、Promotion、Place)における決定権が企業側から消費者側にシフトすることによって、新たなビジネスモデルが生まれています。

図2:消費者、企業行動に対するインターネットの影響

図2:消費者、企業行動に対するインターネットの影響(引用:阿部誠、株式会社KADOKAWA、[図解]大学4年間のマーケティングが10時間でざっと学べる)

インターネットは、企業戦略にも大きな変化をもたらしています。顧客に対するアクセス性の向上から直接対応が、そしてITの併用による効率化から顧客への個別対応が現実的となりました。従来、B2Bや通信販売ビジネスなどに限られていたCRMを、より大規模なスケールで実践することが可能になりました。

経済システムの構造自体にも変化が起きています。最近では、消費者側の余剰から生じた製品・サービス(宿泊、車、財)を他の消費者に提供するAirbnb、Uberの他オークションなどが広がりつつあります。ここでは財の供給者と需要者に区別はなく、これらはインターネットのC2C(消費者間)相互作用にもとづいた……

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第2回:優良顧客の囲い込み

前回は、顧客ニーズをマスから個々人のものとして認識・展開する新たなマーケティングを紹介しました。今回は、潜在的な優良顧客の囲い込みに焦点を当てたマーケティングの戦略について解説します。

1. データベース・マーケティング

データベース・マーケティングとは、顧客の個人情報や購買履歴などのデータを分析し、顧客に適した情報やサービスを提供するマーケティング手法をいいます。近年の情報技術の発達により、集計なしに1人ひとりの顧客データを容易に収集・保存できるようになったことから、顧客の差別化や個別化がますます重要視されています。

POSシステム(Point of Sale system:販売時点情報管理)は、商品の販売・支払いが行われるその場(販売時点)で、その商品に関する情報(商品名、価格、売れた時間など)を収集して、そのデータを経営に生かすためのシステムや手法です。

例えば、POSシステムに、後述するフリークエント・ショッパーズ・プログラム(FSP:ポイントカードなどの顧客カードを発行し、顧客の購買データをとらえながら、優良顧客の維持・拡大を図る手法)を組み合わせることによって、顧客の購買履歴を時系列的に収集することができます。インターネットでは、顧客のとったアクション(カタログ請求、問い合わせ、購買)はもちろん、購入前に閲覧されたページ履歴までが、ログ・ファイルに自動的に蓄積されます。これらの膨大なデータが集計されずに保存されているということは、1人ひとりの顧客を深く理解し、より効果的なマーケティングを実践するための情報があふれているといえるでしょう。

しかし、裏を返せば、このような個人レベルのデータから有用な知見や知識を取得しなければ、これらは保存に厄介な単なるごみと化し、情報にはなりえません。現在、多くの企業はこの大量のデータから有用な情報を抽出し、いかにマーケティングに利用するかということに行き詰まっています。

購買金額に基づいた、単純な一律還元ポイント・システムを考えてみましょう。現在、このシステムを通じて多くのスーパー、百貨店、航空会社が似たようなサービスを提供しているため、単なる値引き合戦による過当競争を生み出す結果になっています。企業はFSPを導入したのに利益が上がらないと首をかしげ、消費者は似たような競合企業のロイヤルティ・カードを数多く持ち、もはやロイヤルティの役目をなしていないことに困惑しています(図1)。

図1:多数のロイヤルティ・カード(イメージ)

図1:多数のロイヤルティ・カード(イメージ)

日本の大手家電量販店では、そのほとんどがポイントカード・システムを導入しているものの、……

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2. 顧客ピラミッド

顧客ピラミッドとは、認知・購買意向・購買行動などに基づいて、顧客をセグメント分けしたものです。各セグメントのサイズを反映させると下位のクラスほど大きくなるため、ピラミッド形になります。顧客ピラミッドには、セグメント数の異なったいくつかのバリエーションが存在します。ここでは、図2に代表的な顧客ピラミッドを示します。

図2:顧客ピラミッドと売上貢献度(引用:阿部誠、大学4年間のマーケティングが10時間でざっと学べる、KADOKAWA、2017)

図2:顧客ピラミッドと売上貢献度(引用:阿部誠、大学4年間のマーケティングが10時間でざっと学べる、KADOKAWA、2017)

CRMが重要になってきた背景には、ごく少数の優良顧客が多くの売上に貢献しているという事実があるためです。これは、上位20%の顧客が売上の80%を占める80-20の法則と呼ばれ、所得や商品別売上の分布におけるパレートの法則やべき乗則としても知られています。上位集中の度合いを表す80-20は業界によっても異なり、日本やアメリカのスーパーマーケットの場合は、それぞれ、60-40と70-30ぐらいです。

限られた資源を有効に使うためにも、……

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3. フリークエント・ショッパーズ・プログラム(FSP)

優良顧客の囲い込みの仕組みの1つがフリークエント・ショッパーズ・プログラム(FSP)です。これは、以前にはスタンプカード、現在ではポイントカードというかたちで知られています。本格的なCRMのツールとしては、1981年にアメリカン航空が行ったフリークエント・フライヤーズ・プログラムが始まりだといわれています。優良顧客をポイント還元などで優遇し、競合へのスイッチング・コストを高めることにより優良顧客を囲い込み、顧客特性や購買履歴などの情報を蓄することによって1to1マーケティング(第1回参照)に活用しようというものです。

FSPの意図は、優良顧客の差別化です。差別というと聞こえが悪くても、……

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第3回:優良顧客を識別する

前回は、潜在的な優良顧客の囲い込みに焦点を当てたマーケティングの戦略について説明しました。さて、企業の利益に貢献してくれる優良顧客はどのように見つければよいのでしょうか。今回は、優良顧客を識別するためのさまざまな分析方法を紹介していきます。

1. デシル分析

デシル分析とは、顧客分類の1つで、デシルの語源はラテン語で10等分を意味します。顧客の購入金額などを上位から10等分して各グループの購入比率や売上構成比などを分析する方法です。実務家の間では、よく用いられます。ポイントカードのようなCRMシステムで顧客別の購買履歴データが保存されているならば、優良顧客を識別するための一番単純な方法は、対象期間内の購買を合算した購買額によって顧客を評価することです。そして、上位2~3位の高額顧客グループに対して、限られたマーケティング資源をDM(Direct Mail)やキャンペーンなどのプロモーション活動として投資します。

しかし、同じ上位顧客にDMを送り続けても、……

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2. RFM分析

RFM分析とは顧客分類の1つで、Recency(リーセンシー:直近に購入)、Frequency(フリークエンシー:購入頻度)、Monetary(モニタリー:購入額)の3つの指標で顧客を分析する方法です。

デシル分析を一歩進めたRFM分析の手法では、購入額(Monetary)が高いだけでなく、購入頻度(Frequency)が高く、かつ直近に購入した(Recency)顧客ほど優良と判断します。顧客のリーセンシーが低い(最近購買していない)ということは、他社へと離反している可能性が高いと考えることができます。

RFMの3指標に対して、上述のデシル分析を適用します。つまり、顧客を購買額の大きい順にランク10からランク1の等しいグループに分けたように、リーセンシーとフリークエンシーによっても10から1までのランク付けをします。このように、顧客をRFM(10,10,10)からRFM(1,1,1)の1,000に分類して、セグメント別にマーケティング戦略を立てたり、活動を行ったりします(図1)。デシル分析では、グループ数が多すぎる場合には、各指標を3や5のグループに分割します。例えば(5,5,5)と(4,5,5)を優良顧客と見なして、キャンペーンDMを送付したりします。

図1:RFMの3指標にデシル分析を適用した例(引用:阿部誠、株式会社KADOKAWA、[図解]大学4年間のマーケティングが10時間でざっと学べる)

図1:RFMの3指標にデシル分析を適用した例(引用:阿部誠、株式会社KADOKAWA、[図解]大学4年間のマーケティングが10時間でざっと学べる)

しかし、RFM分析を単なるグループ分けのツールと見なし、3指標を合算したスコアに基づいて上位の顧客セグメントにアプローチするだけでは不十分です。また、RFM指標は現時点での購買行動を表しているため、将来的に優良となりえる潜在的顧客への投資が手薄になりがちです。もともとRFM分析は、効果が薄いと思われる顧客にはカタログを送付しないなど、コスト削減ツールとしてCRMという概念が登場する前から使われていました。

CRMとは、顧客が1人ひとり異なることを認識し、各人にふさわしい対応をとることで継続的な関係性を築いていくことです(第1回)。各指標が意味する顧客の購買状態と、時間軸におけるその変化を理解して、顧客に最適化されたマーケティング活動を行う必要があります。

図2は、RFM分析を使った効果的なCRM施策例です。RFM分析はCRMの現場でよく使われるものの、……

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3. 顧客ベース分析、デモグラフィック分析

デシル分析、RFM他、CRMで有用な顧客分析として顧客ベース分析と、デモグラフィック分析があります。この2つについて説明します。

・顧客ベース分析

顧客ベースとは、会社が所有している生存顧客の数のことをいい、これはデータベースに登録されている顧客から離反と休眠顧客を除いた人数になります。利益は生存顧客のみからもたらされるため、顧客ベースは会社の資産をマーケティング的に理解する上で重要な指標です。これを時系列でプロットすることによって、財務諸表に表れる前に会社の資産傾向をある程度予測することが可能になります。

・デモグラフィック分析

デモグラフィックとは、人口統計学的属性、つまり性別、年齢、住んでいる地域、所得、職業、学歴、家族構成などその人のもつ社会経済的な特質データをいいます(第1回、図1)。FSP(Frequent ShoppersProgram)などでは、会員の申込書や事後のアンケートなどから、性別・年齢・世帯数・収入などのデモグラフィック情報が得られることが多いです。来店頻度や購買金額などの購買行動を、これらのデータに関連付けることによって、STP(セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニング)戦略に重要な……

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第4回:顧客の価値

前回は、デシル分析やRFM分析など、優良顧客を識別するためのさまざまな分析方法を紹介しました。RFM分析は、既に起こった顧客の購買履歴を3指標で表します。一方、顧客との長期的な関係を重視するCRMでは、将来的な購買行動と維持コストを考慮に入れ、1人の顧客から生涯にわたって得られるであろう収益を最大化することが有効です。今回は、そうした顧客の価値について解説します。

1. 顧客生涯価値

顧客生涯価値(LTV:Life Time Value)とは、顧客から生涯にわたって得られる収益のことをいいます。基本的な概念は、平均マージン×購買頻度×生涯期間-顧客維持の総投資額です。

厳密には、

1:既存顧客はまだ生存しており、生涯期間は観測されていないため、過去の離反率から推測する必要がある

2:将来得られる利益は、現在価値(Net Present Value)に換算する必要がある

という2点から、毎年顧客から得られるであろう収益-顧客維持コストを離反率と期待収益率で割り引いて、生涯期間にわたって合算したものになります。毎年の離反率は、定期購読や有料会員の場合であれば解約率に該当します。

しかし、年会費などの支払い義務がなく契約に基づかない関係では、離反する顧客は単に購買をやめるだけなので、解約率が分かりません。このような場合、企業は独自の経験則に基づいて、例えば顧客が3カ月購買しなければ、……

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2. 顧客資産

顧客資産とは、潜在顧客をも含めた顧客の長期的価値のことをいいます。CRMでは、どれだけ顧客維持に投資をしても、離反・休眠を完全に防ぐことはできません。企業が成長し、継続的に収益を上げるためには、同時に新規の顧客も獲得していく必要があります。そこで重要なのが、潜在顧客1人当たりの長期的価値であるカスタマー・エクイティ、あるいは顧客資産と呼ばれる概念です。大まかにいうと、初年度の新規顧客として得られる利益(=収益-獲得コスト)と、次年度からの既存顧客としての生涯価値を、適切な割引率で合算したものになります。

図2は、潜在顧客の状態を時系列で表したもので、潜在顧客1人当たりの収益が右側に、必要な投資額が左側に、そして顧客として維持される確率が中央に示されています。

図2:カスタマー・エクイティ(顧客資産)

図2:カスタマー・エクイティ(顧客資産)(引用:阿部誠、株式会社KADOKAWA、大学4年間のマーケティングが10時間でざっと学べる)

ここでは、顧客1人当たりの獲得投資額と年間の維持投資額をそれぞれaとr、年間の収益をM、顧客の獲得確率をPa、1年後の維持率をPrで表しています。まず初年度は、潜在顧客1人当たりaを投資すると、年度末までに顧客として獲得できる確率がPaなので、Pa×Mの収益が得られます。次年度からは、毎年rを投資することにより、顧客であればMの収益が得られるものの、顧客として(とど)まる確率は年々、幾何級数的に維持率Prで減少します。

顧客資産は、……

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