メニュー

マスから個々人へのマーケティング:顧客管理(CRM)の基礎知識1

顧客管理(CRM)の基礎知識

更新日:2021年3月26日(初回投稿)
著者:東京大学 大学院 経済学研究科 マネジメント専攻 経営講座 教授 阿部 誠

本連載では、全6回にわたり顧客管理(CRM)の基礎知識を紹介していきます。CRMとはCustomer Relationship Managementの略で、顧客との関係性を構築し、管理するマネジメント方法をいいます。第1回は、これまでマス(大衆)で捉えられてきた顧客ニーズを個々人のものとして認識し、最適な戦略として展開する新たなマーケティングの考え方について解説します。

今すぐ、技術資料をダウンロードする!(ログイン)

1. 1to1マーケティング

1to1マーケティングとは、誰に対しても画一的なマーケティングを行うのではなく、顧客それぞれの興味関心に合わせたマーケティングを行うことです。現代の成熟した経済社会では、個々の消費者(顧客)の違い、つまり製品に関する選好や、マーケティング刺激に対する反応の異質性を十分に認識し、それに適切に対応することが特に重要です。マーケティングの世界では、セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニングを基礎とする差別化された製品の提供や、顧客によって異なったマーケティング活動を実施することなどが、早い時期から行われてきました(図1)。

図1:STPプロセスによるマーケティング戦略

図1:STPプロセスによるマーケティング戦略(引用:阿部誠、株式会社KADOKAWA、[図解]大学4年間のマーケティングが10時間でざっと学べる)

・セグメンテーション
セグメンテーションは、STPの最初のプロセスで、ニーズにより市場を細分化することをいいます。そして、それらの市場や顧客にアプローチするために、セグメントの特徴を人口統計学(性別、年齢、居住地域、職業など)や消費特性に関連付けたプロファイリングを行います。

・ターゲティング
ターゲティングは、セグメンテーションを行った後、標的とする顧客層を選択し、マーケティングを展開することをいいます。マーケティングの分野ではSWOT分析などが事例として取り上げられ、強み(Strengths)、弱み(Weaknesses)、機会(Opportunities)、脅威(Threats)の4つのカテゴリーで魅力度の評価などを行います。

・ポジショニング
ポジショニングは、市場の中で自社製品やサービスにおいて独自のポジションを築くことです。どのような価値やベネフィットを提供するか、競合とどう差別化を図るかなど指標を明確にします。

顧客の満足度を最大にするためには、本来であれば個別対応をすることが理想的です。しかし、ビジネスにおけるベネフィットとコスト、個々人へのアクセスと差別化の難しさから、企業では通常セグメンテーションという形で差別対応を図っています。ただし、顧客数が限られている場合や、取引が高額である、さらに取引が継続的に行われる場合など、状況によっては個別対応がなされることもあります。多くのソリューション提案型B2Bビジネス、住宅・自動車販売や富裕層に対する百貨店の外商やコンシェルジュなどがこれに該当します。

こうした、ビジネスを取引や販売の単位ではなく顧客の単位で捉え、新規獲得や維持、またはクロスセル(他の商品を同時に購入してもらうこと)を通じて、長期的な観点から収益を得るという概念がCRM(Customer Relationship Management:顧客関係管理)です。新規顧客の獲得コストは、既存顧客の維持コストの5~10倍ともいわれているため、顧客と長期にわたる関係を構築し、継続的な取引を行うことが大切です。そのためには、さまざまな情報源から顧客データベースを作り、彼らのニーズを理解した上で適切な価値を提案することが重要になります。

CRM研究に携わる人の中で、「CRMの原点は、富山の薬売り」という言葉がよく聞かれます。顧客を定期的に訪問しては病気の有無や生活状況などを聞き、最適な薬を置いていく方法です。かつては、呉服店などでも同様なビジネスモデルがありました。なじみの客の好みを覚え、これならばという商品を提案していたのです。

企業規模が大きくなると、当然ながら覚えられる顧客の数にも限界が生じます。このため、特に市場の成長期などにおいては、個人よりもマスに働きかける動きが活発化しました。しかし、近年ではマーケットも成熟化し、逆にマスマーケティングの限界が指摘されるようになっています。

今、改めてCRMが注目されている理由として、IT技術の発達で、ID付きPOSシステム(ポイントカード)やウェブのログファイルなどから、大量の個人消費行動データの収集が可能になったことが挙げられます。さらに、IT技術を使うことによって、顧客の一人ひとりにカスタマイズされた1to1マーケティングを行うことが可能になりつつあります。

2. 経済の環境を大きく変えたインターネット

インターネットの一番の特徴は、情報の発信と受信の両方が可能なことです(図2)。コンピュータなどの情報機器は、双方向性のメディアにつなぐことにより、非常にパワフルなツールとなりました。ネットは、消費者と企業の行動に多大な影響を与えています。ネットが普及する以前、製品・サービスに関する情報は、需要側(消費者)よりも供給側(企業)の方が圧倒的に多く持っていました。

しかし、消費者を、情報処理者と捉えると、質問を投げかけては答えを得るというネット上の一連の情報探索行動(いわゆる、ネット検索)は、この情報量の偏りを大きく緩和しています。その結果、消費者側はより強いパワーを持ち、4P(Product、Price、Promotion、Place)における決定権が企業側から消費者側にシフトすることによって、新たなビジネスモデルが生まれています。

図2:消費者、企業行動に対するインターネットの影響

図2:消費者、企業行動に対するインターネットの影響(引用:阿部誠、株式会社KADOKAWA、[図解]大学4年間のマーケティングが10時間でざっと学べる)

インターネットは、企業戦略にも大きな変化をもたらしています。顧客に対するアクセス性の向上から直接対応が、そしてITの併用による効率化から顧客への個別対応が現実的となりました。従来、B2Bや通信販売ビジネスなどに限られていたCRMを、より大規模なスケールで実践することが可能になりました。

経済システムの構造自体にも変化が起きています。最近では、消費者側の余剰から生じた製品・サービス(宿泊、車、財)を他の消費者に提供するAirbnb、Uberの他オークションなどが広がりつつあります。ここでは財の供給者と需要者に区別はなく、これらはインターネットのC2C(消費者間)相互作用にもとづいたシェアリング・エコノミーの一種と考えられます。

広告、DM、Eメール、クーポンなどで顧客の一人ひとりに働きかける1to1マーケティングは、IT技術の進展によってさらなる進化が遂げられ、ますます重要になっていくでしょう。一方、マスメディアを利用したブランディングなども不可欠であり、この両輪を上手に使い分けることが大切です。日本には「おもてなしの心」などと称されるように、一人ひとりの顧客を大切に扱うノウハウやスキルがありながら、それが現場での属人的レベルでとどまってしまうことが多いようです。しかし、IT技術の活用により、現場の知見を企業全体に低コストで展開することはますます容易になります。今後は、グローバル競争において、CRMシステムとマーケティングの知見の掛け算がより重要になっていくでしょう。

いかがでしたか? 今回は、マスから個々人へと向かう1to1マーケティングと、インターネットがそこに与える影響について紹介しました。次回は、優良顧客を囲い込むためのさまざまなCRM手法を解説します。お楽しみに!

ピックアップ記事

tags