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技術者倫理とは?:技術者倫理の基礎知識1

技術者倫理の基礎知識

更新日:2018年6月21日(初回投稿)
著者:東京農工大学大学院 工学府産業技術専攻 教授 北原 義典

最近、新聞を読んでいると、公文書改ざん問題のみならず、検査データ改ざん、燃費不正、無資格者検査問題など、倫理に関わる事件や不祥事がよく報じられています。どれも各分野の専門家が、強い倫理観を持ち合わせていれば、防げたものばかりです。今日ほど、倫理教育の重要性を感じさせる時代はないでしょう。本連載では、モノづくりに携わる皆さんに、常識として知っておくべき技術者倫理を、全8回にわたって分かりやすく解説していきます。第1回となる今回は、そもそも技術者倫理とはどういうものなのか、説明します。

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1. 専門家の不正は、なかなか見抜けない

人を殺傷しない、留守宅に侵入しない。おそらく皆さんには、このような生活上の倫理は身に付いていると思います。では、仕事での専門家としての倫理は、身に付いているでしょうか。

1990年代半ばに公開された、映画「ショーシャンクの空に」をご存じでしょうか。名作として高く評価されている作品なので、ビデオでご覧になった方もいるかもしれません。舞台はアメリカ。元銀行副頭取のアンディが、無実の罪によって、ショーシャンク刑務所に収監されます。模範囚として刑務所暮らしになじんでいくうちに、彼は刑務所長の不正経理を手伝うようになります。アンディはエリート銀行マンだっただけあって、その手口は実に巧妙で、誰にも見抜くことができません。結末を明かすことは控えますが、最後に展開される場面は本当に感動的です。

このように、専門家の行動が道を外れても、一般の人にはなかなか見抜くことができません。それだけに専門家は、自らの行動を厳しく律しなければなりません。技術の専門家である皆さんにとっても、専門技術者としての倫理意識を身に付け、自らを律することは、極めて基本的かつ重要なことです。

倫理とは、社会生活や自然との付き合いにおける、人間の行為に関する規範の体系です。倫理は一般的に、善とは何か、悪とは何かなどの理論を中心とした倫理学と、具体的な社会の問題に理論を応用する応用倫理に分けられます。皆さんは善とは何か、幸せとは何かなど、考えたことはありますか? 本稿では、倫理学については触れませんが、たまにはそうしたことに思考を巡らせてみるのもいいかもしれませんね。

2. 技術者倫理とは?

応用倫理は、社会での実生活を送る上で身に付けるべき姿勢や規範であり、いわば実践的倫理といえます。応用倫理は、さらに生活倫理と専門職倫理に分けることができます(図1)。

図1:生活倫理と専門職倫理

図1:生活倫理と専門職倫理

生活倫理とは、人の物を盗まない、公共物を壊さないなど、生活の中で誰もが守るべき普遍的な道徳的規範です。これに対し、専門職倫理は、各専門職に固有の自律的行動規範です。前述のように、専門職の領域は一般人には分かりにくく、そこで行われた不正を一般人が見抜くのは、至難の業です。各領域の行動規範として、税理士には税理士倫理があり、弁護士には弁護士倫理があるのです。

技術者倫理とは、専門職として技術に携わる人間の活動や行為に関する規範です。技術者・研究者が技術者倫理を身に付けることで、一般の人は安心して生活を送ることができ、将来の世代にわたる持続可能な社会を築いていけるのです。技術者や研究者は、自分たちが開発した技術や製品で社会の高度化に寄与しています。そして寄与の結果に対しても、技術者・研究者は必然的に責任を負っているといえます。この責任は、製品の研究段階から、製品を世に出した後まで、各過程でそれぞれ異なってきます(図2)。

図2:技術者が各工程で負う責任

図2:技術者が各工程で負う責任

まず研究・設計・開発段階では、創出したアイデアが人類の幸福につながるものかどうか、不利益をもたらすことはないかなど、生みの親としての責任や、公表が社会に悪影響を及ぼさないかという公表に関する責任、また、原理を分かりやすく説明する責任などがあります。製造段階では、材料や製品が消費者に被害をもたらす恐れはないかという製造物に関する責任や、製造工程において環境に悪影響を与える有害物質を排出していないかという製造工程管理責任があります。また事故などがあった時に、製造工程や事故の過程を正しく説明する責任もあります。そして、製品を市場に出した後も、安全な使い方を説明する責任や、一定期間中は修理を行い、部品を供給するメンテナンスに関する責任、製品により消費者が不利益を被った場合には、賠償する責任があります。

企業は、組織目標を達成する上で、ステークホルダー(利害関係者)に対する幅広い社会的責任を負っています。企業に所属する技術者・研究者も、組織の一員として、社会とステークホルダーの安全・安心を最優先に考えなければならないのです。

3. 倫理と法は補完関係

ここまで説明してきたように、倫理は自律的な規範です。しかし、倫理のみではカバーできないこともあります。倫理を備えた人でも、うっかり鋼材を落とすことがあります。制御装置のボタンを押し間違えることもあります。そのことが、人を死傷に至らせるかもしれません。つまり、倫理を身に付けていても、社会の安全を脅かすことがあるのです。このような過失が起こった時には、法の出番になります。法には、倫理で制御しきれないものをカバーする役目があります。倫理が自律的であるのに対して、法は他律的な規範といえます。また、法には強制力がありますが、倫理は他から強制されるものではありません。

一方、法も完璧ではありません。法は完全には記述できないものであり、抜け穴がいろいろあります。一例として道路交通法では、指定されている場合、車両は停止線の直前で一時停止しなければなりません。では、その場所で30秒もの長い時間、停止してもよいのでしょうか。「一時」の捉え方は、個々人で異なります。このような法の抜け穴に対しては、自律的規範、すなわち倫理が必要となります。今度は、倫理が法をカバーするわけです。また、法の制裁を受けるのは、事件・事故が起こった後になります。法は対処的、倫理は予防的な役割を果たします。さらに、倫理では、例えば「クルマは歩行者の保護に努めるべきである」のように観念的な表現が使われます。これに対し、法は「車両は車道を走行しなければならない。ここでいう車両とは、軽自動車、普通自動車、大型自動車、自動二輪車、自転車を指す。また、車道とは、歩行者用の通路と車両用の通路とが区別されている…」のように、具体的で実際的です。

このように考えてみると、倫理と法は互いに補完関係にあることが分かります(図3)。倫理の落とし穴を法が埋め、法の抜け穴を倫理で埋めるというわけです。

図3:倫理と法の関係

図3:倫理と法の関係

いかがでしたか? 今回は、専門職である技術者・研究者の社会的責任とはどういうものなのか、技術者倫理とは具体的に何なのか、倫理と法の関係性などを説明しました。意外と固い話ではなかったかと思います。次回は、技術者の説明責任について解説します。お楽しみに!

参考文献:北原義典、はじめての技術者倫理、講談社、2015年、P.1-8

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