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技術経営(MOT)の基礎知識

技術経営(MOT)の基礎知識

著者:東京理科大学 元教授 有限会社エトス経営研究所 代表取締役 宮永 博史

1980年代、アメリカ企業は日本企業の躍進で苦境に陥りながらも、見事に復活を果たしました。その背景には、技術経営の考え方があります。一方、かつての繁栄を取り戻したい日本企業にとって、いま必要な考え方と行動の原点こそが技術経営といえます。本連載では、6回にわたり技術経営(MOT:Management of Technology)について、具体的な事例を交えて分かりやすく解説していきます。第1回では、そもそも技術経営とは何か、なぜ技術経営が必要なのかについて述べていきます。

第1回:技術経営(MOT)とは何か

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1. 技術経営とは何か

技術経営とは、主に製造業がものづくりの過程で培ったノウハウや概念を経営学の立場から体系化したものをいいます。「天下のシリコンバレーで成功するベンチャーの割合は、どれくらいだと思いますか」。スタンフォード大学のビジネススクールで教壇に立つスティーブ・ブランク教授は、学生たちにこう問いかけます。シリコンバレーといえば、アップル社をはじめ、世界的な成功企業が密集している地域として有名です。日本の大企業もシリコンバレーから学ぼうと、こぞって拠点を開設し、人を派遣しています。そのシリコンバレーならば、さぞかし成功確率は高いものと思われます。

ところがブランク教授は、意外にも「ほとんどのベンチャーは失敗する」と告げます。実際に6~7社ほどの起業経験を持ち、今はベンチャーキャピタリストとしても活躍している教授が、データに基づいて語る言葉だけに重みがあります。

では、なぜベンチャーは失敗するのでしょうか。ブランク教授の分析によると、最も大きな原因は、製品開発に失敗したというよりも顧客の創造に失敗したこと、つまり売れると見込んだ製品が売れなかったことにありました。ベンチャーが失敗する要因の、実に9割がこれに当たるというのです。つまり、事業化を成功させる基本方程式は、顧客創造とプロダクト(製品やサービス)創造との掛け算となるのです(図1)。掛け算というのがミソであって、どちらかがゼロであれば、結果はゼロということです。

図1:事業を成功させる方程式

図1:事業を成功させる方程式

ものであれ、サービスであれ、新しい開発に当たって技術者はとかく顧客の意見を十分に聞くことなく開始しがちです。製品やサービスが出来上がってから顧客に売りに行っても売れません。そこで初めて、「いいものができれば、必ず売れる」という考えが、思い込みであったことに気付かされます。日本企業の技術者には、この傾向が強いのでしょう。そして、ブランク教授自身も、自ら起業した会社で開発した製品が売れなかった失敗経験を告白しています。

一方、ヨーロッパやアメリカの企業はプロダクト開発前に顧客情報を収集します。漠然とヒアリングしても漠然とした答えしか返って来ないので、具体的な製品やサービスのコンセプトを提示した上で顧客のフィードバックを得ます。そこで脈があると判断されれば、開発に進むわけです。いわば、売れない可能性をあらかじめ排除するのです。ところが、せっかく良いコンセプトを創造しても、実際にものができなければ売れません。1980年代のアメリカ企業は、ものづくり品質の問題を抱え、日本企業に対して競争力を失っていきました。このように、図1の方程式は右辺の両方が必要だということを示していることが分かります。日本とアメリカの比較は、ややデフォルメしているとはいうものの、本質を示しています。技術経営をひと言でいえば、自社の偏りを自覚し、成功の基本方程式を実践することなのです。

2. なぜ技術経営が必要なのか

どんなに技術が優れていても、製品やサービスが売れなければ事業の継続はできません。売れないのは、技術者による思い込み開発に原因があることを先に述べました。さらにもう1つ、売れない場合があります。それは、良さが伝えきれていないケースです。

例えば、カシオのGショックは同社を支える柱でありながらも、発売当初はあまり売れませんでした(図2)。ヒットのきっかけとなったのは、アメリカ法人が流したCMでした。Gショックの耐衝撃性を分かりやすく伝えるために、Gショックをアイスホッケーのパックの代わりにスティックでたたくというCMでした。
https://www.youtube.com/watch?v=TNV9LlpYOh4

テレビCMの影響は大きかったといいます。このCMのように、本当に時計が壊れないか検証してほしいという要望が多数寄せられたのでした。そこで、実際にテレビ番組のなかで実験をしたところ、アイスホッケーのパックとして使っても、大型トラックでひいても壊れなかったのです。そこから、消防士や警察官に愛用されるようになり、ヒットに火が付きました。ちなみに、Gショックの開発者である伊部菊雄氏は、アイスホッケーのCMを見て顔面蒼白(そうはく)になったそうです。事前に知っていたら止めていたといいます。このCMは、開発者には想定外の伝え方だったのです。

図2:カシオの柱に育ったGショック

図2:カシオの柱に育ったGショック

さて、技術経営では情報収集の重要さが強調されます。その一方で、特定顧客の言い分に振り回されないことも重要です。このことを示す2つの事例をご紹介しましょう。

事例1:日本のメーカーでシステム構築を担当するSEのケース
SEの現場は、ITという言葉が放つ華やかな印象とは裏腹に、3Kの極みのようなところがあります。そして、キツイ仕事である割に、給料もそれほど高くありません。システム構築事業とはそういうものだと諦めていた30歳のSEは、あるとき衝撃的な体験をします。

ある地方自治体で、名寄せについて提案要請がありました。名寄せとは、異なるデータベースに登録されている人物をサーチし、同一人物であると判定した場合に同一のIDを付与していく作業です。住民データが納税や社会保険などでバラバラに登録されているため、有効なサービスを迅速に提供できないという問題を解決しようというものです(この事例は10年ほど前のものであるにもかかわらず、コロナ禍の中でいまだに解決していない問題であることが分かりました)。

このSEが所属する企業にも、自治体から提案要請がありました。依頼が来たのが1月、納期が3月半ばと、あまりに無理なスケジュールであったため断ったといいます。どの企業でも不可能だとされていたところ、あるアメリカのベンダがこの依頼を難なく実現してしまったのでした。標準パッケージの威力を、まざまざと見せつけられたのです。

若きSEの衝撃はさらに続きます。この事件があって調べてみると、アメリカにおけるSEの地位は、年収も尊敬の度合いも、医者や弁護士を上回る高さだったのです。この違いはどこから来るのか。彼が、技術経営を学ぼうと目覚めた瞬間でした。

事例2:ある部品メーカーのケース
この会社の顧客は、メカトロニクス技術の粋を集めたといわれる装置を開発するメーカーでした。顧客の開発現場では、優秀な技術者たちが深夜まで働き、時には週末も犠牲にして開発に従事していました。そうした努力もあって、この装置メーカーは、もう1社の日本企業と合わせて8割にものぼる世界シェアを確保するに至ります。

ところがある時、オランダ企業に逆転されてしまい、今ではこの競合企業が市場シェア8割を占めています。部品メーカーの社員は新たな商談を進めるべく、このオランダの装置メーカーを訪問します。日本の装置メーカーの働き方を知っているだけに、オランダの技術者たちも、さぞかしハードな働き方をしているものと想像しながら現地に着きました。すると、状況は全く違っていました。技術者たちは、夕方まだ日の明るいうちに帰宅し、それから自転車に乗って出かけるというのです。この違いはなぜなのだろうと、不思議に思わざるを得ませんでした。

そこには、標準化、あるいはモジュール化という開発方法が関係しています。顧客情報を収集しながらも、それに振り回されずに製品開発をしているのです。言うは易しいものの、実際には困難です。そこをどう実現するかが、技術経営の腕の見せ所なのです。

3. 死の谷を克服する

技術経営でよく語られるキーワードに、死の谷という概念があります。死の谷とは、研究戦略、技術経営、プロジェクトマネジメントなどにおいて、研究開発が、次の段階に発展しない状況やその難関・障壁となっている事柄全般をいいます。いい発明だからといって、売れる製品やサービスができるわけではないことを象徴的に表す言葉です。上で示したエピソードもその一例であり、死の谷はあちこちに存在します。例えば、2002年にアメリカの研究機関NISTから発表された「Between Invention and Innovation」という報告書は、ズバリ死の谷について詳しく分析しています。https://www.nist.gov/system/files/documents/2017/05/09/gcr02-841.pdf

図3は、基礎研究から上市(市場に出されること)するまでのプロセスを示しています。この報告書では、3番目のESTD(Early Stage Technology Development:技術開発の早期段階)で死の谷に落ちやすいと、資金調達面から分析しています。

図3:基礎研究から上市までのリニアモデル

図3:基礎研究から上市までのリニアモデル

いかがでしたか? 今回は、技術経営の基本的な考え方とその必要性、さらに死の谷について解説しました。死の谷を克服することが、技術経営の第一歩でありゴールでもあります。次回は、死の谷を克服するために情報品質を高めることの重要性を紹介します。お楽しみに!

参考資料:
・Steve Blank(Zilog, MIPS Computerなどの創業者、ベンチャーキャピタリスト、スタンフォード大学教授)Entrepreneurial Thought Leaders, Stanford Technology Venture Programでの講演、2008年10月1日
・日経産業新聞、Gショック生みの親8、2015年5月25日
・Between Invention and Innovation、NIST report、GCR 02-841、2002年11月

第2回:情報品質を向上させる

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前回は、技術経営(MOT)とは何か、なぜ技術経営が必要なのか、そして克服すべき死の谷について解説しました。今回のテーマは情報品質です。これは、あまり聞きなれない言葉かもしれません。一方、生産品質という言葉があります。高度成長時代、日本企業の競争力を押し上げた要因の1つが生産品質の向上でした。QCサークルという名称で、社員たちは自律的に不良品をなくす努力を続けました。そして、品質管理の権威であったアメリカの統計学者であるデミング博士の名前を冠した賞を設立し、本家本元を凌(しの)ぐ品質を達成したのです。今回は、生産ではなく、情報の品質管理に焦点を当てます。技術経営のキーワードである死の谷を克服するには、何よりも情報の品質向上が鍵となるからです。

1. 問題解決の前にまず問題発見

技術者は、出された問題を解く能力、つまり問題解決能力に優れています。しかし、問題自体を自ら創ることは意外と不得手です。学校教育においても、企業においても、問題発見(顧客研究)より問題解決(技術開発)に力が注がれてきました。例えば、工学部の大学院では代々受け継がれてきた研究テーマをそのまま継承することが多く、新しく顧客研究から始めることはまずありません。これは、研究室で購入できる実験施設の制約から来るという事情もあります。新しいテーマを設定しても、実験できる装置がそろわなければ実行できないからです。このため、どうしてもテーマは与えられたものになりがちです。

この傾向は企業に入ってからも続きます。B2B(企業間取引)では特にその傾向が強く、顧客の要望に応えるべく製品やサービスを開発します。ここでも、問題は(顧客から)与えられます。前回で紹介したSEのケースを考えてみましょう。SI事業は、基本的に顧客の要望を実現すべくシステム構築を行います。ところが、MGAFA(マイクロソフト、グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)と呼ばれるプラットフォーマーは、自ら開発した製品やサービスを提供して顧客ニーズを満たしています。個々の顧客に個別対応するというより、標準品を提供することで顧客ニーズに適合し、採用されています。

もちろん、顧客ニーズに個別対応すべく問題解決能力を磨くことは重要です。しかし、それだけでは「労多くして実り少なし」の言葉どおり、経営的に成り立ちにくくなる可能性があります。重要なのは、問題解決の前に自ら問題を発見すること、正しい問題を設定することです。間違った問題を解こうと頑張ってしまえば、会社をつぶしかねません。正しい問題を発見するためには、できる限り多様な観点から情報を集めることが重要です。これを情報品質の向上といいます(図1)。

図1:死の谷を克服するには顧客情報の品質向上が鍵

図1:死の谷を克服するには顧客情報の品質向上が鍵

では、どのように情報品質を上げていくかについて、コミーと、リクルートを具体的な事例を紹介します。

2. 顧客満足度よりも利用者満足度

事例1:コミーの鏡
埼玉県川口市に、小規模ながらも世界的な企業があります。コミーという会社です。その社名は知らなくても、恐らく誰でも一度はコミーの製品を目にしたことがあると思います。例えば、街中のATMには後方確認ミラーという、後ろにいる人の様子が見られる鏡がついています。そこに「KOMY」と書かれていたら、それがコミー製品です。あるいは、地下鉄から地上に出る階段の踊り場や、会社などで見通しの悪いところにある湾曲した鏡も、近づくと「KOMY」の文字があります。飛行機の客室内で、頭上の手荷物入れの中に鏡がついていたら、それもコミー製品です。客室乗務員が荷物の置き忘れがないかを素早く確認でき、世界的な航空機メーカーで標準装備されています。

コミーは情報品質の向上に当たって、独特の考え方を持っています。その1つが、タイトルにあるように顧客満足度よりも利用者満足度を重視することです。顧客と利用者を区別し、利用者満足度を高めることこそが重要であるとしているのです。これは、どういうことでしょうか。

コミーの鏡を購入するのは、主に企業の総務部門です。つまり、総務部門が顧客となります。顧客満足度を向上させるということは、この総務部門を満足させることに他なりません。一方、利用者は、コミーの鏡を実際に日々利用する一般消費者(ATMや階段の踊り場で利用)や社員たち(会社や飛行機で利用)です。利用者たちは、実際にコミーから製品を購入するわけではないので、顧客ではありません。しかし、実際にコミー製品を使う利用者が満足しなければ、顧客も満足しないことになります。つまり、購入の順番としては「顧客→利用者」であるものの、購入の継続に繋がるかどうかは「利用者満足→顧客満足→継続購入」という順番で決まるのです。

コミーでは利用者満足度を知るために、全従業員が顧客企業を年に1~2回訪問しています。正社員とパート社員2人1組で、10社程度を訪問します。近隣のユーザーだけでなく、群馬県や茨城県など、本社から離れた場所にも足を延ばすのです。訪問現場では写真撮影したり絵を描いたりしながら、ユーザーがコミーの商品をどのように役立てているか、あるいはどのような不満があるかを、丁寧に観察とヒアリングを実行していくのです。

この行事に全従業員を参加させることによって、カタログ制作や生産に従事し普段は外出機会の少ない社員やパート社員にも、ユーザー志向を植え付けているのです。営業部長は、全従業員が顧客企業を訪問する目的を次のように語っています。「役に立っているかどうかを考える癖をつけるのが訪問の目的です。経理担当でも工場にいる人でも、常にユーザーに関心を持っていれば、自分の仕事の殻に閉じこもることもなくなる。強いユーザー意識を、コミーの社員に持たせたいのです。」

こうした顧客訪問から、新しい商品アイデアが生まれることもあります。以前、ある大手機械メーカーから毎月のように100個、200個と鏡の注文が入ったことがありました。販売代理店を通じた注文だったこともあり、この時は顧客の購買担当者から鏡の用途を聞く機会がありませんでした。そこで現場訪問です。工場のどこに鏡を設置しているのか、探してみたものの発見できません。それは、まったく想定外の場所にあったのです。その機械メーカーは、自社の製品であるプレス機に鏡を付けていたのでした。

プレス機は、自動車が入るほどの大型機械です。このプレス機をヨーロッパへ輸出する際に、顧客から「機械を始動する時に人が入り込んでいないか、どのように安全確認すればよいのか」と質問を受けたというのです。というのも、このプレス機は、稼働中であれば人が入るとセンサが感知して機械が自動停止するという設計であり、稼働する前に人が入り込んでいる場合は感知できない、というボトルネックがあったのです。機械メーカーの技術者がこの問題をどう解決しようかと悩んでいた時、ある店でコミーの防犯ミラーを見つけ、解決策がひらめいたのでした。

この話をヒントに、コミーは狭いスペースに取り付けられ、しかも視野が広い「ハーフドームミラー」という新商品を開発することができました。コミーでは、ユーザー調査を通して、それがたとえたった一人の意見であっても軽視せず、深く掘り下げることを徹底しています。徹底的にユーザーの役に立つことを、全社を挙げて実践しているのです。

3. ソルーション事業の要諦

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第3回:コンセプト創造―素人発想・玄人実行―

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前回は、情報の品質を向上させることの大切さについて解説しました。品質の良い情報を収集することが、死の谷を克服する第一歩となります。入手した情報を元になすべきことは、良いコンセプトを創造することです。コンセプト創造の対象は製品、サービス、ビジネスモデルとさまざまである中、新規事業を検討する際に重要なのが、事業コンセプトの創造です。今回は、コンセプト創造の基本的な考え方と、コンセプトをかたちにしていくためのプロトタイピングを紹介します。

1. 誰に、何を、どのように提供するか

事業コンセプトの創造とは、ひと言でいえば「誰に、何を、どのように提供するか」を決めることです。「誰に」が、ターゲットとする顧客セグメントを意味することは、改めていうまでもないでしょう。ここで注意すべきは、ターゲットセグメントとして顧客を絞ることの意味です。これはマーケティングの基本でありながら、社内でこのことを貫くのは意外と困難です。なぜなら、顧客セグメントを絞ることが市場規模を小さくする印象を与えるためです。

しかし、ターゲットとなる顧客を絞る意味は、製品やサービスの特徴を際立たせることを目的としているのです。特徴が際立てば、顧客セグメントが広がっていきます。これは、ドミノ倒しに例えることができます(図1)。最初の1枚(ファーストドミノ)を倒せば、残りのドミノも倒れていきます。大切なのは、複数の顧客セグメントをリストアップし(セグメンテーション)、その中から最適となるファーストドミノを発見することです(ターゲティング)。

図1:特徴が際立てば顧客セグメントが広がる例、ドミノ倒し

図1:特徴が際立てば顧客セグメントが広がる例、ドミノ倒し

事例1:RIZAP、ファーストドミノの発見による効果
RIZAPは、有名人を起用してビフォーアフターの違いをはっきりと見せる独特のCMで、あっという間に認知度を向上させました。ダイエットに悩む人たちがターゲット顧客であったことは明白です。ところが、RIZAPはその後、英会話やゴルフに進出していきます。3つの顧客セグメントは、一見バラバラに見えます。しかし、そこには共通する上位概念が存在するのです。それは「三日坊主」という特徴を持った人たちです。この上位概念のもとで、ダイエット、英会話、ゴルフの3つのセグメントを考えた場合、ファーストドミノをダイエットとしたことは正しい選択だったといえるでしょう。ダイエットのCMで圧倒的にブランド認知度をあげたことが、英会話やゴルフに進出する際の武器となっているからです。逆の順番であったら、ここまでブランド認知度を向上させることは難しかったのではないでしょうか。ダイエットが身体を「元に戻す」のに対し、英会話やゴルフは現状より上達させることなので、効果を上げるのは難しいはずです。この点でもファーストドミノ選択の正しさが見てとれます。

次に「何を」についてです。これは製品やサービスそのものというより、それらを通じて提供する価値を意味することに注意が必要です。あるいは手段(製品やサービス)と価値の束と考えるとよいでしょう。技術者は、スペックと価値を混同しがちです。技術者たちの発表を聞いていると、スペックを価値として話している場面によく遭遇します。しかし、両者は別のものです。スペックは、誰にとっても変わらない数値で表されます。一方、価値は定性的で顧客によって変わります。

事例2:キリンフリー、スペックを価値に翻訳
キリンフリーという、それまでになかった完全ノンアルコール飲料で考えてみましょう。スペックは、アルコール度数0.00%となります。この数値は誰にとっても同じです。ところが、キリンフリーが提供する価値は、顧客によって違います。すぐに車を運転しなければならないドライバーにとっては、飲んでも運転できるという価値になります。一方、ビール好きなのにお腹の胎児に影響があるかもしれないとビールを我慢している妊婦にとっては、飲んでも胎児に影響がないという価値になります。このように、「何を」を考えるときには、スペックを価値に翻訳することが求められるのです。

2. 素人のように考え、玄人として実行する

前述したように、事業コンセプトの創造では「誰に、何を、どのように提供するか」を決めていくことになります。ただし、この時には注意が必要です。それは、この3つを同時に考えようとすると、どうしてもプロダクトアウト(顧客のニーズよりも技術者の考えを優先してしまう)的なコンセプトになりがちだということです。良いコンセプトほど実現が難しいので、ついつい技術者は実現できない理由を挙げてしまいます。いわゆる「玄人発想」が、良いコンセプトの創造を邪魔するのです。

良いコンセプトを創造するにはどうしたらよいか。そのヒントは「誰に、何を提供するのか」という部分と、「どのように提供するか」という部分を分けて考えることです(図2)。前者は素人発想で、後者は玄人実行で、というところが大事なポイントです。

図2:良いコンセプトを創造する考え方

図2:良いコンセプトを創造する考え方

顧客になりきって、現状の不満を解決する製品やサービスのコンセプトを考えることが、「誰に何を提供するのか」の部分です。素人の方が良い発想ができます。なぜなら、実現する難しさを知らないからです。なまじ実現の難しさを知っている技術者からは、良い発想は生まれません。自己規制をしてしまうのです。この「素人発想・玄人実行」の考え方については、長年カーネギーメロン大学ロボット研究所 所長を務められた金出武雄先生の著書に詳しく書かれています(参考:金出武雄、素人のように考え、玄人として実行する―問題解決のメタ技術、PHP文庫)。

この「素人発想」と、「玄人実行」の考え方は「バカな」と「なるほど」という言葉で表すこともできます。とてもできそうにない製品やサービスのコンセプトを聞いたときの印象が「そんなバカな」であっても、それをどう実現するかというカラクリを聞くと「なるほど」と納得する。これが、理想のコンセプト創造といえます(参考:吉原英樹、「バカな」と「なるほど」、PHP研究所)。

次に、コンセプトの対象について簡単に触れます。普通、コンセプトの創造というと、製品やサービスのコンセプトをイメージするのではないでしょうか。しかし、創造するコンセプトの対象はずっと広いのです。例えば、新規事業では製品やサービスのコンセプト創造も必要であると同時に「ビジネスモデル」や「場」などのコンセプト創造も必須です。そもそも、事業のビジョンをまず創造しなければなりません。このように事業化では、創造すべきコンセプトはあちこちに存在します。

3. プロトタイピング体系

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第4回:技術を生かすビジネスモデル

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前回は、コンセプト創造の基本的な考え方とプロトタイピングについて説明しました。今回は、技術経営に必要なビジネスモデルの考え方を解説します。コロナ禍は、業績が大きく落ち込む業界とそうでない業界を生み出しました。特に外食業界は、客数が大きく落ち込んだ業界の1つです。そうした中で、この落ち込みをなんとかカバーしようと考え、業績を伸ばしてきたのがUber Eatsなどの出前サービスです。元々は、飲食店で提供される料理を出前するというものでした。ところが、事業がさらに進化した結果、ネット上にしか存在しない出前専門の店が出現し始めています。ネット上では同じブランドの商品が、実は異なる店舗で調理されている、つまり、同時に2つの店を営業しているのです。このように、外食業界は、コロナ禍に何とか対応する段階から、この災厄をばねに新しいビジネスモデルを生み出す段階へと進化しました。

1. ビジネスモデルとは何か

コロナ禍とは関係なくビジネスモデル転換を強いられていた業界にも、業績の落ち込みが見られます。そうした企業の多くでは、トップ自らがビジネスモデル転換の必要性を訴えていました。ところが、ゆっくりとした変化が危機感を薄めていたのです。また、ビジネスモデルの定義が曖昧なために、社内での議論が空回りしていたという実情もあるようです。入山章栄氏著、世界標準の経営理論(ダイヤモンド社)は、世界の経営学の論文を調べ尽くして体系化した経営学の理論本です。そこには、経営のフレームワークが網羅されています。この中で著者は、「ビジネスモデルと経営理論」(P.727)を次のような書き出しで始めています。

まず、現代経営学における大前提から述べておく。それは、世界の経営学において、ビジネスモデルの研究はほとんど確立されていないという事実だ。実際、経営学のトップ学術誌に、ビジネスモデルについて研究した論文はほとんど掲載されていない。

企業において、ビジネスモデルの定義が曖昧であるのは、もっともなことです(図1)。経営学の世界でも、ビジネスモデルについての研究はほとんどなされていません。入山章栄氏は、具体的な経営学の雑誌名と、そこに掲載されたビジネスモデルに関する論文の数を明示しています。

図1:曖昧なビジネスモデル定義

図1:曖昧なビジネスモデル定義

主要な学術誌のなかでbusiness modelという言葉が使われていた論文は、SMJ(Strategic Management Journal)でわずか2本、OS(Organizational Sciences)で1本であり、AMJ(Academy of Management Journal)とAMR(Academy of Management Review)には1本も存在しなかった。一般のビジネス界でビジネスモデルという言葉が広く使われていることを考えれば、驚くべき乏しさである。

続いて、著名な経営学者が提示したビジネスモデルの定義を3つほど紹介しています。

1:ビジネスモデルとは、事業機会を生かすことを通じて、価値を創造するためにデザインされた諸々の取引群についての内容・構造・ガバナンスの総体である。

2:成功するビジネスモデルとは、技術の可能性と経済価値の実現を結びつける経験則的なロジックのことである。

3:ビジネスモデルとは4つの互いを拘束しあう要素からなり、それらが組み合わさって価値を生み出すものである。(4つの要素とは、顧客への価値提案、利益を生み出す方程式、カギとなる経営資源、カギとなるプロセス)

このような定義が一応なされていますが、経営の現場でこの定義を使うには抽象的過ぎるきらいがあります。そこで、ビジネスの現場で使えることを想定して、私(著者)なりのビジネスモデルの定義をあげておきます(図2)。ビジネスモデルとは、次の3つを決めることと定義します。

1:顧客提供価値・利用者提供価値~マーケティング・マネジメント~
誰に、いつ、どこで、何を与え、どのような価値を提供するかを決める

2:収益(収入と利益)モデル~マネタイズ・マネジメント~
誰から、いつ、どのようにお金を回収して、利益をあげるかを決める

3:仕組み・内部資源・外部資源~コアコンピタンス・マネジメント~
どのような内部資源と外部資源を活用して、1と2を実現するかを決める

図2:ビジネスモデルの定義

図2:ビジネスモデルの定義

第1の要素は、マーケティングの基本中の基本です。心すべき点は、顧客に提供するものは製品やサービスではないということです。製品やサービスは、あくまでも手段に過ぎません。そうした手段を通じて、顧客にどのような価値を提供するか、ということを考えなければなりません。技術者にとって、特に肝に銘じる点がここにあります。技術者は、製品やサービスのスペックを価値であると短絡的に考えがちです。前回で述べたように、同じスペックでも、顧客一人ひとりが感じる価値は違います。

もう1つ重要な点が、利用者提供価値です。顧客と利用者の違いは、対価を払ってくれるか否かです。民放テレビ局の事例で考えてみましょう。視聴者は、番組を見てもテレビ局に対価を払いません。つまり、放送局にとっては利用者(視聴者)です。では顧客は誰かといえば、番組スポンサーとして放送局にCMの対価を払う企業となります。

顧客と利用者を区別することは、誰から、いつ、どのようにお金を回収して、利益をあげるのかという第2の要素につながります。定義の誰からという部分に関わります。第3の要素は、第1と第2の要素を実現するために、社内にどのような強みと仕組みを持つかいうことです。

以上の定義から、ビジネスモデル転換とは、ビジネスモデルのどの要素を、どのように変えていくかを決めていくことに他なりません(図3)。

図3:ビジネスモデル転換

図3:ビジネスモデル転換

3つの要素は、それぞれ関係づけられています。第1の要素を変えれば、第3の要素も変えなければなりません。第2の要素を変えた場合も同じです。第1と第2の要素は競合から見えてしまいます。つまり、模倣される可能性があるわけです。ビジネスモデルの重要なカギは、いかに外部から見えない仕組みを社内に構築するかという第3の要素にあるのです。 

2. 「チャレンジ」という仕組みを支える技術

全豪オープン2021では、大坂なおみ選手がみごと優勝を果たしました。コロナ禍の中での大会であったため、ボールのインとアウトを判定する線審が不在でした。カメラで判定した結果を、コンピュータが自動的にアナウンスしたのです。テニスの試合では、従来「チャレンジ」という仕組みが使われています。ライン際の微妙な判定に対して、選手はチャレンジを申し出ることができます。そうすると、システムがCGでライン際の表示をするというものです。基礎となる技術をイギリスのベンチャーであるホークアイ・イノベーションズという会社(現在はソニーの子会社)が開発し、それが線審なしで自動判定するシステムへと進化したものです。

このシステムは、どのような技術で実現されたのでしょうか。まず、テニスコートを囲むように10台ほどのハイスピードカメラを設置します。毎秒10,000コマもの撮影ができるという優れものです。カメラで撮影された映像は画像処理され、2次元の軌跡データとして保存されます。次に、ミサイル迎撃システムで使われている技術を利用して、この2次元軌跡データを4次元データ(空間の3次元座標と時間)に変換し、その結果をCGで表示するという仕組みです。

このシステムは、製品として販売されていません。技術者がテニスイベントの前に会場にカメラを設置し、イベント中はシステムのオペレーションを行って、終了とともに引き上げるというサービスが提供されます。さらに、試合で得られたデータを選手や放送局に販売することを含んだビジネスモデルなのです。そのため、ボールのイン・アウトを判定するだけでなく、480種類ものデータが取られているといいます。

繰り返しますが、ハイスピードカメラやシステムを販売する物販モデルではなく、サービスとして提供し、かつデータを販売するというビジネスモデルなのです。ハイスピードカメラ単体では、問題の解決には不十分です。サービスとして提供するのであれば、顧客側の費用も抑えられます。オペレータを雇う必要もありません。一方、提供者側もデータを販売することにより、顧客と長期的な関係を構築することができます。お互いにウィンウィンの関係といえます。

3. 点と点を結ぶ力

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第5回:いいDXとは何か

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前回は、ビジネスモデルについて述べました。現状の苦境を乗り切るための処方箋として、新しいビジネスモデルを創造するという言葉が一種のブームのようになっています。しかし、意外とその本質が共有されずに議論されているケースが多いようです。同じ言葉を使いながら、その定義が曖昧なため、実は会話が成り立っていないのです。人によって、それぞれ考えるレイヤーが違っていたりするのはまだいい方で、定義すら決めずにビジネスモデルという言葉を振り回しているケースも散見します。DX(Digital Transformation)という言葉も、そうしたバズワードの代表例といえます。今回は、いいDXとは何かについて解説します。

1. いいDXとは

DX(Digital Transformation)は、ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させるという概念です。会社のトップが、外でこのDXというバズワードを仕入れて社内に持ち込んだものの、現場に降りて行くいずれの階層でもきちんとした定義や議論がされないため、社員が右往左往してしまう姿が見られます。挙げくの果てに、外部の調査会社やコンサルティング会社に丸投げすることになります。しかし、依頼する側にしっかりした問いがなければ、委託した会社がどれだけ優秀であっても、いい答えを提供するわけにはいきません。技術経営とは、このように実際のビジネス現場で起こる問題を取り上げて、解決方法を提供する学問といえます。一般的に、DXの目的は次の3つのいずれかになります。

1:生産性向上
2:付加価値向上
3:ビジネスモデル転換

まず、この目的を社内で共有することが重要です。というのも、各自が勝手に目的を作ってしまいがちなためです。3つの目的の中で、最も取り組みやすく成果が出やすいのは1:生産性向上です。2:付加価値向上は、製品やサービスの付加価値を向上する、つまり社外のお客様にとっての価値をデジタル技術によって実現することです。売れるかどうかは、1:生産性向上に比べて不確実です。最もDXらしいのは、3:ビジネスモデル転換でしょう。3のビジネスモデル転換は、1や2と違い、D(Digital)とX(Transformation)は同等か、場合によってはXが主となります。デジタルという手段の変化を見つつ、ビジネスモデル転換を主体に考えるわけです。順番が「D→X」ではなく、「X→D」となるのが、1や2と違う点です。次に、DXの基本プロセスについて整理してみましょう。

a:デジタイゼーション  (フィジカル → デジタル)
b:デジタライゼーション (モデリング)
c:リアライゼーション  (デジタル → フィジカル)

DXでは、この3つの基本プロセスを実行していくことになります。電気系の技術者であれば、a:デジタイゼーションはA/D変換、b:デジタライゼーションはCPUでの情報処理、c:リアライゼーションはD/A変換、というアナロジーになります。

以下に、いいDXとは何かという今回のテーマに対するシンプルな答えを、図1に示しました。肝となるのは、獲得したデータから「自分だけしか気付かない法則」を発見すること、そして、その独自法則を現場に適用することです。

図1:いいDXとは

図1:いいDXとは

2. 回転寿司チェーン店の廃棄ロス問題を解決する

それでは、いいDXを具体的に実現する例として「回転寿司スシロー」を見てみましょう。スシローは、客にできる限り新鮮な寿司を食べてもらうために、レーンに出してから決められた時間(距離)内に取られなかった皿は自動廃棄されます。これは、客にとってはいい仕組みでも、廃棄ロスが出るので経営的には痛手です。そこで、鮮度の高い寿司を提供するという良い点は保ちつつ、廃棄率を減らすことを考えました。目的は1:生産性向上となります。DXの基本プロセスに沿って考えると、スシローのケースは次のように考えられます。

a´:デジタイゼーション  (どのようなデータを収集するか)
b´:デジタライゼーション (取集したデータから、どのようなモデルを作るか)
c´:リアライゼーション  (作成したモデルを現場にどう落とし込んで、目的を達成するか)

肝心なのは、どのようなモデルを作るかにあります。

3. モデリング力

DXの肝は、独自法則の発見であると前項で述べました。この法則をモデル化し、現場に戻し、新たなデータをモデルに入力して目的を達成する、というプロセスとなります。肝はモデリングにあるのです。スシローが作成したモデルは、食欲パワーモデルというものでした(図2)。来店した客が席に着いてからの時間とともに、取った皿の数と食べた寿司ネタのデータを収集したモデルです。このモデルは、直感的にも極めて分かりやすいものです。席に着いた直後は、腹が減っていることもあって一気に注文します。ところが、時間の経過とともに腹も満たされ、注文のスピードも落ちてきます。さらに、客がどのようなネタを注文するかは、店によっても季節によっても変わるので、店ごと・季節ごとにモデルを作る必要があります。

図2:スシローの食欲パワーモデル(参考:田中覚、外食産業におけるセンサデータ活用術、噛子情報通信学会誌Vol.99、No.2、2016)

図2:スシローの食欲パワーモデル(参考:田中覚、外食産業におけるセンサデータ活用術、噛子情報通信学会誌Vol.99、No.2、2016)

では、このモデルをどのように現場に落とし込めばよいでしょうか。スシローの調理場には、レーンごとの食欲パワーが3色で表示されます。スタッフはその表示に従って、食欲パワーレベルが高い(着席直後の客が多い)レーンに、優先的に寿司を出していきます。どのようなネタを出すかという指示も、過去のデータを蓄積した食欲パワーモデルに内在しているのです。スシローは、この方法によって廃棄率をわずか1.5%にまで減らしているというから驚きです。

4. 売り切りからプラットフォームモデルへ

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第6回:技術経営をモノにするヒント

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前回は、いいDXとは何かについて説明しました。今回は、最終回です。技術経営をモノにする上で重要な3つのテーマを取り上げます。1つ目は、1980年代にアメリカの産業が低迷した原因を調べ上げた、MITの3年にわたるプロジェクトです。その成果は書籍として公開されており(日本語版は1990年3月発売)、技術経営を考える上で重要な示唆を与えてくれます。2つ目は、アマゾン・ドット・コムの創業者ジェフ・ベゾスの戦略的思考法です。この思考法を身に付けることができれば、技術経営のマイスターとなれます。最後に、セレンディピティについて触れていきます。偶然を幸運に生かすセレンディピティは、ノーベル賞受章者たちがよく口にしており、ビジネスの世界でも実はとても重要な概念です。

1. MITの本気プロジェクト「メイド・イン・アメリカ」

アメリカの製造業は、1980年代に大きな危機に陥りました。その原因の1つが、日本企業の躍進です。日本の製造業が生み出す製品群は、アメリカ製に比べて品質もコストも性能も優れていました。一般的に、後から追いかける方が有利になります。先頭を走る企業が失敗を繰り返しながら進むのに対し、創造的模倣戦略で追いかける後進企業はある意味気楽です。それでも、日本企業の躍進は奇跡とまでいわれました。第二次世界大戦で打ちのめされた国が、アメリカに次いで世界第2位のGDPを達成するまでに成長しました。当時のアメリカの危機感は、相当なものでしたでしょう。そうした中で、MIT(マサチューセッツ工科大学)は産業生産性調査委員会を立ち上げます。その後、アメリカは飛躍的な発展を遂げ、日本を大きく引き離していくこととなります(図1)。MITの目的は次の2つです。

1:アメリカ産業の業績に生じた異変は何かを調査し、
2:事態打開のためにアメリカができることは何かを提言すること

委員会は、生産技術を重視するとともに、産業界全体と生産設備、人的資源、教育訓練、企業研修を含む社会全体のレベル向上を目指しました。1986年、MITは委員会を発足させます。経済、技術、経営、政治など専門の異なる学際的チームとし、30人の教授陣(工学・経営学)がメンバーとして調査に参加しました。そして、数億円にのぼる調査費用は、民間企業からの寄付で賄いました。

図1:GDP国際比較(参考:平成24年版情報通信白書、総務省ウェブサイトより編集)

調査は徹底していました。組織、生産工場、生産設備、工場労働者、経営トップまで、全ての組織と人々を調査対象としました。また、機能としては、製品コンセプトの着想、設計、開発、生産、販売、顧客サービスと、全てのプロセスを対象としています。8つの産業分野にわたり数100回のインタビューを実施し、実に日本、アメリカ、ヨーロッパの企業200社(このうち工場150箇所)の訪問調査を行いました。それはアメリカの危機感を反映した、類を見ない規模のプロジェクトでした。企業調査だけでなく、マクロ経済、国際貿易、租税、反トラスト、環境保護、知的所有権に関する法律と政策についても、重点的に調査しています。プロジェクトは、実に足掛け3年にも及びました。

調査結果は、自動車、化学、民間航空機、コンピュータ・半導体・複写機、民生用電子機器、工作機械、鉄鋼、繊維の8つの産業分野別に、提言と合わせ書籍として出版されました。1990年には、日本語版も出版されています。その序文は、「日本が歴史的に培ってきた強さが、弱みになってしまうのではないか」という問いかけから始まっています。そして、日本に対し次の5つを具体的に提言しているのです。

1:MIT委員会と同様の、幅と深さのある調査を目的とする日本委員会が設立されること
2:委員会は政府機構であってはならないこと
3:国の産業の強さの基盤と考えられている既成概念に意欲的に取り組むこと
4:企業および政府活動の、ミクロ・レベルにおける日本の強さと弱さとの自己検証を行い、特に国際経済の舞台における日本の経済実績に影響を与えるような経済組織形態を検討すること
5:調査結果は、国際的な相互理解をさらに促進させるために、日本国内および海外において広く入手できるようにすること
(参考:M.L.ダートウゾス(著)、R.K.レスター(著)、R.M.ソロー(著)、依田直也(翻訳)、Made in America―アメリカ再生のための米日欧産業比較、草思社、1990年3月5日)

当時の日本企業は絶頂期にあって、この提言を受け入れることはありませんでした。その後、バブル経済がはじけると、失われた10年と呼ばれる日本経済の低迷期が訪れます。対策として、2002年4月、当時の経済財政諮問会議の提言でMITと類似したプロジェクトが立ち上がりました。しかし、調査はわずか3カ月という短期間で終わり、MITとは似て非なるものとなりました。

日本企業の中には、自動車業界のように世界をリードする産業があるものの、半導体やエレクトロニクスなど、かつて世界をリードした業界で苦しい状況となっています。そうした今こそ、技術経営を学ぶ重要性があるのです。

2. Amazon創業者ベゾスの戦略思考

MITプロジェクトの後、アメリカにはGAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)と呼ばれる競争力を持つ企業群が続々と生まれてきました。アマゾン・ドット・コムもその1つです。インターネットの急激な成長に機会を見いだしたジェフ・ベゾスは、書籍のインターネット通販を開始します。やがて書籍以外の物も取り扱うようになり、今や多様な製品やサービスを提供しています。AWS(Amazon Web Services, Inc.)もその1つであることは、前回触れました。

ベゾスの戦略的思考プロセスは、図2に示すように3段階からなっています。まず、インターネット通販という手段になじむ商材とは、どういう要件を満たすのかを考えます。ベゾスは、具体的に9つの要件を挙げています。次に、この要件を満足させる商材を、具体的に20個挙げるのです。そして、最後に20個の中から最初に販売する商材を決める、というものです。

これは、一見極めてもどかしいプロセスといえます。しかし、これこそが競争優位を維持し、プラットフォーマを体現する王道なのです。それは、なぜでしょう。インターネット通販で書籍を販売し、成功したとします。すると、必ず模倣者が現れます。模倣者が現れた頃には、次の商材を手掛けて模倣者をリードします。再び模倣されても、さらに次の商材を提供することによって、リードを継続するのです。次々と新しいカテゴリーの商材を出せるのは、図2のステップを踏んでいるからです。

図2:ジェフ・ベゾスの戦略的思考プロセス

図2:ジェフ・ベゾスの戦略的思考プロセス

ベゾスの戦略的思考法は、日本企業が苦手とするところです。最初に成功して、次を考えているうちに模倣者に抜かれてしまうのは、このプロセスを行っていないことが原因です。

この思考法は、経営のあらゆる面で重要です。この思考プロセスを経ず、トップの後継者指名が、突如行われることがあります。2021年2月のオリンピック組織委員長の交代においても、当初はまず、後継者指名が行われました。その後、後継者候補が辞退したこともあったため、形式的なものだったかもしれないものの、ベゾスの戦略思考と同様のプロセスが行われました。

そのポジションの人物が満たすべき要件を決め、その要件に適する具体的な候補を複数リストアップし、最後にそのリストの中から1名に絞る、というプロセスです。指名委員会を持つ企業においては、本来このようなプロセスで後継者が決められるはずです。しかし、日本企業の場合、必ずしもそうなっていないケースも見られます。

筆者は、グローバルに展開する大手コンサルティングファームで、指名委員会の委員に任命された経験があります。そこでの指名プロセスは、まさにベゾスと同じプロセスを踏んでいました。指名委員会に現職の経営者は入っておらず、完全に独立した組織でした。ただ、パートナーシップ制の経営形態をとっているファームであったので、この方法が単純に一般企業に展開できるというわけではありません。

3. セレンディピティのマネジメント

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