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情報品質を向上させる:技術経営(MOT)の基礎知識2

技術経営(MOT)の基礎知識

更新日:2021年4月22日(初回投稿)
著者:東京理科大学 元教授 有限会社エトス経営研究所 代表取締役 宮永 博史

前回は、技術経営(MOT)とは何か、なぜ技術経営が必要なのか、そして克服すべき死の谷について解説しました。今回のテーマは情報品質です。これは、あまり聞きなれない言葉かもしれません。一方、生産品質という言葉があります。高度成長時代、日本企業の競争力を押し上げた要因の1つが生産品質の向上でした。QCサークルという名称で、社員たちは自律的に不良品をなくす努力を続けました。そして、品質管理の権威であったアメリカの統計学者であるデミング博士の名前を冠した賞を設立し、本家本元を凌(しの)ぐ品質を達成したのです。今回は、生産ではなく、情報の品質管理に焦点を当てます。技術経営のキーワードである死の谷を克服するには、何よりも情報の品質向上が鍵となるからです。

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1. 問題解決の前にまず問題発見

技術者は、出された問題を解く能力、つまり問題解決能力に優れています。しかし、問題自体を自ら創ることは意外と不得手です。学校教育においても、企業においても、問題発見(顧客研究)より問題解決(技術開発)に力が注がれてきました。例えば、工学部の大学院では代々受け継がれてきた研究テーマをそのまま継承することが多く、新しく顧客研究から始めることはまずありません。これは、研究室で購入できる実験施設の制約から来るという事情もあります。新しいテーマを設定しても、実験できる装置がそろわなければ実行できないからです。このため、どうしてもテーマは与えられたものになりがちです。

この傾向は企業に入ってからも続きます。B2B(企業間取引)では特にその傾向が強く、顧客の要望に応えるべく製品やサービスを開発します。ここでも、問題は(顧客から)与えられます。前回で紹介したSEのケースを考えてみましょう。SI事業は、基本的に顧客の要望を実現すべくシステム構築を行います。ところが、MGAFA(マイクロソフト、グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)と呼ばれるプラットフォーマーは、自ら開発した製品やサービスを提供して顧客ニーズを満たしています。個々の顧客に個別対応するというより、標準品を提供することで顧客ニーズに適合し、採用されています。

もちろん、顧客ニーズに個別対応すべく問題解決能力を磨くことは重要です。しかし、それだけでは「労多くして実り少なし」の言葉どおり、経営的に成り立ちにくくなる可能性があります。重要なのは、問題解決の前に自ら問題を発見すること、正しい問題を設定することです。間違った問題を解こうと頑張ってしまえば、会社をつぶしかねません。正しい問題を発見するためには、できる限り多様な観点から情報を集めることが重要です。これを情報品質の向上といいます(図1)。

図1:死の谷を克服するには顧客情報の品質向上が鍵

図1:死の谷を克服するには顧客情報の品質向上が鍵

では、どのように情報品質を上げていくかについて、コミーと、リクルートを具体的な事例を紹介します。

2. 顧客満足度よりも利用者満足度

事例1:コミーの鏡
埼玉県川口市に、小規模ながらも世界的な企業があります。コミーという会社です。その社名は知らなくても、恐らく誰でも一度はコミーの製品を目にしたことがあると思います。例えば、街中のATMには後方確認ミラーという、後ろにいる人の様子が見られる鏡がついています。そこに「KOMY」と書かれていたら、それがコミー製品です。あるいは、地下鉄から地上に出る階段の踊り場や、会社などで見通しの悪いところにある湾曲した鏡も、近づくと「KOMY」の文字があります。飛行機の客室内で、頭上の手荷物入れの中に鏡がついていたら、それもコミー製品です。客室乗務員が荷物の置き忘れがないかを素早く確認でき、世界的な航空機メーカーで標準装備されています。

コミーは情報品質の向上に当たって、独特の考え方を持っています。その1つが、タイトルにあるように顧客満足度よりも利用者満足度を重視することです。顧客と利用者を区別し、利用者満足度を高めることこそが重要であるとしているのです。これは、どういうことでしょうか。

コミーの鏡を購入するのは、主に企業の総務部門です。つまり、総務部門が顧客となります。顧客満足度を向上させるということは、この総務部門を満足させることに他なりません。一方、利用者は、コミーの鏡を実際に日々利用する一般消費者(ATMや階段の踊り場で利用)や社員たち(会社や飛行機で利用)です。利用者たちは、実際にコミーから製品を購入するわけではないので、顧客ではありません。しかし、実際にコミー製品を使う利用者が満足しなければ、顧客も満足しないことになります。つまり、購入の順番としては「顧客→利用者」であるものの、購入の継続に繋がるかどうかは「利用者満足→顧客満足→継続購入」という順番で決まるのです。

コミーでは利用者満足度を知るために、全従業員が顧客企業を年に1~2回訪問しています。正社員とパート社員2人1組で、10社程度を訪問します。近隣のユーザーだけでなく、群馬県や茨城県など、本社から離れた場所にも足を延ばすのです。訪問現場では写真撮影したり絵を描いたりしながら、ユーザーがコミーの商品をどのように役立てているか、あるいはどのような不満があるかを、丁寧に観察とヒアリングを実行していくのです。

この行事に全従業員を参加させることによって、カタログ制作や生産に従事し普段は外出機会の少ない社員やパート社員にも、ユーザー志向を植え付けているのです。営業部長は、全従業員が顧客企業を訪問する目的を次のように語っています。「役に立っているかどうかを考える癖をつけるのが訪問の目的です。経理担当でも工場にいる人でも、常にユーザーに関心を持っていれば、自分の仕事の殻に閉じこもることもなくなる。強いユーザー意識を、コミーの社員に持たせたいのです。」

こうした顧客訪問から、新しい商品アイデアが生まれることもあります。以前、ある大手機械メーカーから毎月のように100個、200個と鏡の注文が入ったことがありました。販売代理店を通じた注文だったこともあり、この時は顧客の購買担当者から鏡の用途を聞く機会がありませんでした。そこで現場訪問です。工場のどこに鏡を設置しているのか、探してみたものの発見できません。それは、まったく想定外の場所にあったのです。その機械メーカーは、自社の製品であるプレス機に鏡を付けていたのでした。

プレス機は、自動車が入るほどの大型機械です。このプレス機をヨーロッパへ輸出する際に、顧客から「機械を始動する時に人が入り込んでいないか、どのように安全確認すればよいのか」と質問を受けたというのです。というのも、このプレス機は、稼働中であれば人が入るとセンサが感知して機械が自動停止するという設計であり、稼働する前に人が入り込んでいる場合は感知できない、というボトルネックがあったのです。機械メーカーの技術者がこの問題をどう解決しようかと悩んでいた時、ある店でコミーの防犯ミラーを見つけ、解決策がひらめいたのでした。

この話をヒントに、コミーは狭いスペースに取り付けられ、しかも視野が広い「ハーフドームミラー」という新商品を開発することができました。コミーでは、ユーザー調査を通して、それがたとえたった一人の意見であっても軽視せず、深く掘り下げることを徹底しています。徹底的にユーザーの役に立つことを、全社を挙げて実践しているのです。

3. ソルーション事業の要諦

続きは、保管用PDFに掲載中。ぜひ、下記よりダウンロードして、ご覧ください。

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