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技術経営をモノにするヒント:技術経営(MOT)の基礎知識6

技術経営(MOT)の基礎知識

更新日:2021年6月24日(初回投稿)
著者:東京理科大学 元教授 有限会社エトス経営研究所 代表取締役 宮永 博史

前回は、いいDXとは何かについて説明しました。今回は、最終回です。技術経営をモノにする上で重要な3つのテーマを取り上げます。1つ目は、1980年代にアメリカの産業が低迷した原因を調べ上げた、MITの3年にわたるプロジェクトです。その成果は書籍として公開されており(日本語版は1990年3月発売)、技術経営を考える上で重要な示唆を与えてくれます。2つ目は、アマゾン・ドット・コムの創業者ジェフ・ベゾスの戦略的思考法です。この思考法を身に付けることができれば、技術経営のマイスターとなれます。最後に、セレンディピティについて触れていきます。偶然を幸運に生かすセレンディピティは、ノーベル賞受章者たちがよく口にしており、ビジネスの世界でも実はとても重要な概念です。

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1. MITの本気プロジェクト「メイド・イン・アメリカ」

アメリカの製造業は、1980年代に大きな危機に陥りました。その原因の1つが、日本企業の躍進です。日本の製造業が生み出す製品群は、アメリカ製に比べて品質もコストも性能も優れていました。一般的に、後から追いかける方が有利になります。先頭を走る企業が失敗を繰り返しながら進むのに対し、創造的模倣戦略で追いかける後進企業はある意味気楽です。それでも、日本企業の躍進は奇跡とまでいわれました。第二次世界大戦で打ちのめされた国が、アメリカに次いで世界第2位のGDPを達成するまでに成長しました。当時のアメリカの危機感は、相当なものでしたでしょう。そうした中で、MIT(マサチューセッツ工科大学)は産業生産性調査委員会を立ち上げます。その後、アメリカは飛躍的な発展を遂げ、日本を大きく引き離していくこととなります(図1)。MITの目的は次の2つです。

1:アメリカ産業の業績に生じた異変は何かを調査し、
2:事態打開のためにアメリカができることは何かを提言すること

委員会は、生産技術を重視するとともに、産業界全体と生産設備、人的資源、教育訓練、企業研修を含む社会全体のレベル向上を目指しました。1986年、MITは委員会を発足させます。経済、技術、経営、政治など専門の異なる学際的チームとし、30人の教授陣(工学・経営学)がメンバーとして調査に参加しました。そして、数億円にのぼる調査費用は、民間企業からの寄付で賄いました。

図1:GDP国際比較(参考:平成24年版情報通信白書、総務省ウェブサイトより編集)

調査は徹底していました。組織、生産工場、生産設備、工場労働者、経営トップまで、全ての組織と人々を調査対象としました。また、機能としては、製品コンセプトの着想、設計、開発、生産、販売、顧客サービスと、全てのプロセスを対象としています。8つの産業分野にわたり数100回のインタビューを実施し、実に日本、アメリカ、ヨーロッパの企業200社(このうち工場150箇所)の訪問調査を行いました。それはアメリカの危機感を反映した、類を見ない規模のプロジェクトでした。企業調査だけでなく、マクロ経済、国際貿易、租税、反トラスト、環境保護、知的所有権に関する法律と政策についても、重点的に調査しています。プロジェクトは、実に足掛け3年にも及びました。

調査結果は、自動車、化学、民間航空機、コンピュータ・半導体・複写機、民生用電子機器、工作機械、鉄鋼、繊維の8つの産業分野別に、提言と合わせ書籍として出版されました。1990年には、日本語版も出版されています。その序文は、「日本が歴史的に培ってきた強さが、弱みになってしまうのではないか」という問いかけから始まっています。そして、日本に対し次の5つを具体的に提言しているのです。

1:MIT委員会と同様の、幅と深さのある調査を目的とする日本委員会が設立されること
2:委員会は政府機構であってはならないこと
3:国の産業の強さの基盤と考えられている既成概念に意欲的に取り組むこと
4:企業および政府活動の、ミクロ・レベルにおける日本の強さと弱さとの自己検証を行い、特に国際経済の舞台における日本の経済実績に影響を与えるような経済組織形態を検討すること
5:調査結果は、国際的な相互理解をさらに促進させるために、日本国内および海外において広く入手できるようにすること
(参考:M.L.ダートウゾス(著)、R.K.レスター(著)、R.M.ソロー(著)、依田直也(翻訳)、Made in America―アメリカ再生のための米日欧産業比較、草思社、1990年3月5日)

当時の日本企業は絶頂期にあって、この提言を受け入れることはありませんでした。その後、バブル経済がはじけると、失われた10年と呼ばれる日本経済の低迷期が訪れます。対策として、2002年4月、当時の経済財政諮問会議の提言でMITと類似したプロジェクトが立ち上がりました。しかし、調査はわずか3カ月という短期間で終わり、MITとは似て非なるものとなりました。

日本企業の中には、自動車業界のように世界をリードする産業があるものの、半導体やエレクトロニクスなど、かつて世界をリードした業界で苦しい状況となっています。そうした今こそ、技術経営を学ぶ重要性があるのです。

2. Amazon創業者ベゾスの戦略思考

MITプロジェクトの後、アメリカにはGAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)と呼ばれる競争力を持つ企業群が続々と生まれてきました。アマゾン・ドット・コムもその1つです。インターネットの急激な成長に機会を見いだしたジェフ・ベゾスは、書籍のインターネット通販を開始します。やがて書籍以外の物も取り扱うようになり、今や多様な製品やサービスを提供しています。AWS(Amazon Web Services, Inc.)もその1つであることは、前回触れました。

ベゾスの戦略的思考プロセスは、図2に示すように3段階からなっています。まず、インターネット通販という手段になじむ商材とは、どういう要件を満たすのかを考えます。ベゾスは、具体的に9つの要件を挙げています。次に、この要件を満足させる商材を、具体的に20個挙げるのです。そして、最後に20個の中から最初に販売する商材を決める、というものです。

これは、一見極めてもどかしいプロセスといえます。しかし、これこそが競争優位を維持し、プラットフォーマを体現する王道なのです。それは、なぜでしょう。インターネット通販で書籍を販売し、成功したとします。すると、必ず模倣者が現れます。模倣者が現れた頃には、次の商材を手掛けて模倣者をリードします。再び模倣されても、さらに次の商材を提供することによって、リードを継続するのです。次々と新しいカテゴリーの商材を出せるのは、図2のステップを踏んでいるからです。

図2:ジェフ・ベゾスの戦略的思考プロセス

図2:ジェフ・ベゾスの戦略的思考プロセス

ベゾスの戦略的思考法は、日本企業が苦手とするところです。最初に成功して、次を考えているうちに模倣者に抜かれてしまうのは、このプロセスを行っていないことが原因です。

この思考法は、経営のあらゆる面で重要です。この思考プロセスを経ず、トップの後継者指名が、突如行われることがあります。2021年2月のオリンピック組織委員長の交代においても、当初はまず、後継者指名が行われました。その後、後継者候補が辞退したこともあったため、形式的なものだったかもしれないものの、ベゾスの戦略思考と同様のプロセスが行われました。

そのポジションの人物が満たすべき要件を決め、その要件に適する具体的な候補を複数リストアップし、最後にそのリストの中から1名に絞る、というプロセスです。指名委員会を持つ企業においては、本来このようなプロセスで後継者が決められるはずです。しかし、日本企業の場合、必ずしもそうなっていないケースも見られます。

筆者は、グローバルに展開する大手コンサルティングファームで、指名委員会の委員に任命された経験があります。そこでの指名プロセスは、まさにベゾスと同じプロセスを踏んでいました。指名委員会に現職の経営者は入っておらず、完全に独立した組織でした。ただ、パートナーシップ制の経営形態をとっているファームであったので、この方法が単純に一般企業に展開できるというわけではありません。

3. セレンディピティのマネジメント

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