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金属熱処理の基礎知識

金属熱処理の基礎知識
著者:仁平技術士事務所 所長 仁平 宣弘

「鉄は熱いうちに打て」ということわざがあります。真っ赤に熱された鉄は軟らかく、形状を変えやすいことから、人間も若く精神が柔軟な時期に鍛えるべき、という意味。この連載のテーマ、金属の熱処理技術に由来することわざです。

熱処理とは、金属などの素材を適当な温度に加熱し冷却することで、性質を変化させる操作です。特に鉄鋼材料は、熱処理によって軟らかくすることも、硬くすることもできます。鉄鋼材料の使用目的に応じた特性を十分に引き出すことができるのです。逆に、適切な熱処理を施さなければ必要な硬度が得られず、使用中に折れたり、曲がったり、摩耗するなどの不具合が生じます。

今回から7回にわたり、金属熱処理について解説します。1回目は、さまざまな熱処理技術を紹介します。

第1回:熱処理の種類

1. 材料や目的で名を変える熱処理法

熱処理の方法は多種多様で、それぞれ適用される材料や適用目的が異なります(表1)。例えば、「焼なまし」は軟らかくすることを、「焼入れ」は硬くすることを、「焼戻し」は強じん性を付与することを目的としています。

表1:金属材料に適用される主な熱処理の種類(全体熱処理)
名称 主な適用材料 主な適用目的
焼なまし 完全焼なまし 鉄鋼材料全般 組織の調整、軟化
球状化焼なまし 機械構造用鋼 塑性加工性の改善、じん性の付与
工具鋼 じん性の付与、被削性の改善
低温焼なまし 鉄鋼材料全般、非鉄材料全般 応力(加工、溶接、鋳造)の除去、軟化
焼ならし 機械構造用鋼 組織の微細化、組織の均質化、硬化
焼入れ 機械構造用鋼 硬化、機械的強度の向上
工具鋼 硬化、耐摩耗性の向上
焼戻し 100~200℃ 工具鋼 じん性の付与
400~450℃ ばね鋼、炭素工具鋼 ばね特性の付与
450~650℃ 機械構造用鋼 機械的性質の調整
500~600℃ 高速度工具鋼、ダイス鋼 耐摩耗性の向上、じん性の付与
サブゼロ処理 工具鋼全般、マルテンサイト系ステンレス鋼 耐摩耗性の向上、経年変化の防止
固溶化処理 オーステナイト系ステンレス鋼 粒間腐食の防止、軟化
析出硬化系ステンレス鋼、マルエージング鋼 合金成分の固溶
溶体化処理 アルミニウム合金、銅合金 合金成分の固溶
析出硬化処理 析出硬化系ステンレス鋼、マルエージング鋼 機械的強度の向上、ばね特性の付与
時効硬化処理(人工) アルミニウム合金、銅合金 機械的強度の向上、ばね特性の付与
等温熱処理 オーステンパ 機械構造用鋼、ばね鋼、工具鋼 じん性の付与、ばね特性の付与
マルテンパ 機械構造用鋼、工具鋼 焼入歪を軽減した焼入硬化

全く同じ加熱・冷却操作であっても、適用目的や、対象鋼種によって熱処理の名称が異なります。例えば、「焼入れ」と「固溶化処理」は、共に高温から急冷する熱処理方法です。しかし、焼入れは硬化を目的としているのに対し、固溶化処理はオーステナイト系ステンレス鋼など合金成分の固溶による軟化が目的です。

また、合金成分の固溶による軟化を目的とした熱処理でも、対象鋼種がオーステナイト系ステンレス鋼の場合には「固溶化処理」、アルミニウム合金を材料とした場合には「溶体化処理」と呼び、区別しています。

低温で加熱して機械的性質などを調整する熱処理にも、さまざまな呼称があります。鉄鋼材料の焼入れ後に施す「焼戻し」や、析出硬化系ステンレス鋼の固溶化処理後に施す「析出硬化処理」、アルミニウム合金や銅合金の溶体化処理後に施す「時効硬化処理」などがあります。

実際に、図面などで熱処理を指示する際には、記号が使われます。表2に、JISの熱処理加工記号一覧を示します。……

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2. 主な熱処理法と金属組織の変化

機械構造用鋼を加熱した後、どのような冷却操作を行うかによって得られる金属組織は変化し、また熱処理法の名称も異なります(図1)。焼なましや焼入れは「普通熱処理」と呼ばれます。一方、特殊な冷却操作を行うオーステンパは「特殊熱処理」として分類されることが多いようです。

図1:機械構造用鋼における加熱・冷却操作と、熱処理法・金属組織の名称

図1:機械構造用鋼における加熱・冷却操作と、熱処理法・金属組織の名称

「焼なまし」は、鋼を適当な温度に加熱し一定温度に保持した後、徐冷する熱処理法です。鋼の軟化、内部応力の除去、被削性や被塑性加工性の改善などなどを目的としています。

「焼ならし」は、鋼を800℃以上のオーステナイト(γ-Fe)領域まで加熱し、一定温度に保持した後、空冷する熱処理法です。鋳造や鍛造組織の改善、結晶粒の微細化などを目的としています。

「焼入れ」は、……

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3. 金属にさらなる特性を与える表面熱処理

機械部品で使用される金属は、その使用条件によって、じん性を十分に維持しつつも、耐摩耗性、疲労強度、潤滑特性などの表面特性を要求されることがあります。また、工具に使われる金属の場合、通常の焼入れ・焼戻しでは満足できる硬さに到達せず、寿命が短くなることがよくあります。これらを解決する手段の一つが「表面熱処理」です。

表面熱処理は、「金属製品の表面に、所要の性質を付与する目的で行う熱処理」とJISで定義されています。鋼を対象とした表面熱処理は、「表面焼入れ」と「熱拡散処理」に分類することができます(表3)。

表3:表面熱処理の種類と付与される特性
名称 浸透元素 付与される特性
表面焼入れ
〔高エネルギー焼入れ〕
高周波焼入れ 耐摩耗性、耐疲労性
炎焼入れ
レーザ焼入れ
電子ビーム焼入れ
熱拡散処理 非金属元素の拡散浸透処理 浸炭焼入れ 炭素〔C〕 耐摩耗性、耐疲労性
浸炭窒化焼入れ 炭素〔C〕+窒素〔N〕 耐疲労性、耐摩耗性
窒化処理 窒素〔N〕 耐摩耗性、耐疲労性
軟窒化処理 窒素〔N〕+炭素〔C〕 耐疲労性、耐摩耗性
サルファライジング
〔浸硫処理〕
硫黄〔S〕 摺動性、耐焼付性
浸硫窒化処理 硫黄〔S〕+窒素〔N〕 摺動性、耐焼付性
ボロナイジング
〔浸ほう処理〕
ほう素〔B〕 耐摩耗性、耐焼付性
水蒸気処理
〔ホモ処理〕
酸素〔O〕 耐食性、耐焼付性
金属元素の拡散浸透処理 アルミナイジング アルミニウム〔Al〕 耐食性、耐高温酸化
クロマイジング クロム〔Cr〕 耐食性、耐摩耗性
炭化物被覆処理 バナジウム〔V〕など 耐摩耗性、摺動性

「表面焼入れ」は、焼入硬化が可能な鋼表面の必要箇所だけを急速加熱するものです。高周波によって誘導加熱する「高周波焼入れ」がよく利用されています。この処理の主な対象鋼種は、中炭素鋼(炭素量:0.3~0.5%)で、得られる金属組織は加熱された表面のみがマルテンサイトになって硬化します(図2)。

図2:高周波焼入れしたS35Cの断面組織

図2:高周波焼入れしたS35Cの断面組織

「熱拡散処理」は、……

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第2回:鉄鋼材料の種類と性質

前回は、金属の特性を引き出す熱処理技術を紹介しました。今回は、鉄鋼材料のさまざまな種類と記号、用途に応じた多様な性質について解説します。

1. 鉄鋼材料の種類と種別記号

鉄鋼材料には、主成分の鉄 Fe以外にも、炭素 C、ケイ素 Si、マンガン Mn、リン P、硫黄 Sが必ず含まれています。これらの元素は、原材料の鉄鉱石に混入しているか製鋼過程で添加されるもので、「鋼の5元素」と呼ばれています。

5元素の中で特に重要なのは、炭素です。炭素の含有量によって、鉄鋼材料は大きく2つに分類されます。すなわち、炭素が0.006mass%以下のものが「純鉄(α-Fe)」、0.006mass%を超えるものが「鋼(はがね)」です。ただし、鉄鋼の炭素量は最大でも2mass%程度で、それを超えると「鋳鉄」と呼ばれます。

また鉄鋼材料の耐摩耗性、引張強さ、じん性、耐食性、耐熱性などを向上させる目的で、5元素以外の合金元素(クロム Cr、モリブデン Mo、タングステン W、バナジウム V、ニッケル Ni、ホウ素 Bなど)を添加した鋼種もよく使用されています。

このように鉄鋼材料には多くの種類があります。JISに規定されている鉄鋼材料の中から比較的使用量の多いものについて、その分類と、個々の代表的な種別記号および主な用途を表1に示します。

表1:JISで規定されている主な鉄鋼材料の種類
分類 JIS 主な用途
規格番号 代表的な種別記号
圧延鋼材 一般構造用圧延鋼材 G 3101(2010) SS400 橋、船舶、車両、その他構造物
溶接構造用圧延鋼材 G 3106(2008) SM400B SSと同様で溶接性重視のもの
建築構造用圧延鋼材 G 3136(2012) SN400B 建築構造物
圧延鋼板・鋼帯 冷間圧延鋼板・鋼帯 G 3141(2011) SPCC 各種機械部品、自動車車体
熱間圧延軟鋼板・鋼帯 G 3131(2011) SPHC 建築物、各種構造物
線材 ピアノ線材 G 3502(2013) SWRS80A より線、ワイヤーロープ
軟鋼線材 G 3505(2004) SWRM12 鉄線、亜鉛めっきより線
硬鋼線材 G 3506(2004) SWRH47B 亜鉛めっきより線、ワイヤーロープ
冷間圧造用炭素鋼線材 G 3507-1(2010) SWRCH20A ボルトや機械部品など冷間圧造品
冷間圧造用ボロン鋼線材 G 3508-1(2010) SWRCHB334 ボルトや機械部品など冷間圧造品
冷間圧造用合金鋼鋼材 G 3509-1(2010) SCM440RCH 高強度・高靱性を重視した冷間圧造品
機械構造用鋼 機械構造用炭素鋼鋼材 G 4051(2009) S45C 一般的な機械構造用部品
焼入性を保証した構造用鋼鋼材 G 4052(2008) SCM440H 肉厚の大型機械構造用部品
機械構造用合金鋼鋼材 G 4053(2008) SCM440 高強度・高靭性を重視した機械構造用部品
工具鋼 炭素工具鋼鋼材 G 4401(2009) SK85 プレス型、刃物、刻印
高速度工具鋼鋼材 G 4403(2006) SKH51 切削工具、刃物、冷間鍛造型
合金工具鋼鋼材 G 4404(2006) SKS3、SKD11 冷間鍛造型、プレス型など各種金型
特殊用途鋼 ステンレス鋼棒 G 4303(2005) SUS304 耐食性を重視した各種部品、刃物
耐熱鋼棒及び線材 G 4311(2011) SUH310 耐食・耐熱性を重視した各種部品
ばね鋼鋼材 G 4801(2011) SUP10 各種コイルばね、重ね板ばね
高炭素クロム軸受鋼鋼材 G 4805(2008) SUJ2 転がり軸受
快削鋼鋼材 G 4804(2008) SUM24L 加工精度を重視した各種部品
鋳鉄 ねずみ鋳鉄品 G 5501(2010) FC300 機械のカバー、エンジン部品、機械部品
球状黒鉛鋳鉄品 G 5502(2006) FCD600 水道用鋳鉄管、自動車用部品、構造用部品

1文字目の「S」または「F」は、それぞれSteel(鋼)、Ferrum(鉄:ラテン語)の頭文字です。その後に続くアルファベットは、鉄鋼材料の用途や、含有している合金元素を表しています。例えば、……

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2. 鉄鋼材料の熱膨張係数

温度の上昇に対応して物体が膨張する割合を、熱膨張係数といいます。熱膨張係数には「体膨張係数(体積が変化する割合)」と「線膨張係数(長さが変化する割合)」があり、鉄鋼材料では線膨張係数で表示されるのが一般的です。鉄鋼材料の線膨張係数は、合金元素の種類や含有量により大きく変動します。

例えば炭素鋼の場合、炭素量が多いものほど線膨張係数は小さくなります。また同一鋼種であっても、熱処理条件や金属組織によって、線膨張係数は多少の影響を受けます。

以下に示すのは、炭素鋼および2種類のステンレス鋼の、0~100℃における線膨張係数です。ステンレス鋼は、……

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3. 鉄鋼材料の熱伝導率と電気抵抗率

鉄鋼材料の熱伝導率は、炭素やその他合金元素の含有量が多いほど、小さくなります。例えば常温における純鉄の熱伝導率は、約50W/m・℃なのに対し、より炭素量の多いばね鋼の熱伝導率は純鉄の約1/2、ステンレス鋼では約1/3となります。

また同一鋼種であっても、熱処理条件や金属組織によって熱伝導率は異なります。ただし高温になるにつれその差異は小さくなり、800~1,000℃になると、すべての鉄鋼材料の熱伝導率は約20W/m・℃に収束します。

一方、鉄鋼材料の電気抵抗率は、……

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4. 鉄鋼材料の結晶粒度と特性

鉄鋼材料の多くは、結晶の集合により構成されています(非晶質の例外もあります)。図1は、焼なまししたSPCC(冷間圧延鋼板・鋼帯)の結晶粒です。

焼なまししたSPCCの断面組織

図1:焼なまししたSPCCの断面組織

結晶粒と結晶粒の境界を「結晶粒界」といいます。また結晶粒の大きさを「結晶粒度」と呼び、この大きさが鉄鋼材料の諸特性を決定します。例えば結晶粒度が小さい細粒鋼は、結晶粒度が大きい粗粒鋼に比べ、良好な特性を有しています。特にじん性や延性に関しては、……

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5. 硬さと機械的性質の関係

機械部品の機械的性質を決定する主な要因は、鉄鋼材料の硬さにあります。言い換えると、鉄鋼材料の硬さによってその機械的性質を推定することができます。具体的には、硬さが増すほど、引張強さや疲労限は大きくなり、じん性や延性は小さくなります。また曲げ強さに関しては、硬ければ折れやすく、軟らかければへたりやすくなります。このため曲げ強さが最大になる硬さは、鉄鋼材料の材質や寸法などにより異なるといえます(図2)。

金属材料の硬さと機械的性質の関係

図2:金属材料の硬さと機械的性質の関係

また鉄鋼材料の引張強さは、その鋼種や熱処理条件にはあまり関係がなく、……

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第3回:焼なましと焼ならし

前回は、鉄鋼材料には多くの種類があり、含まれる元素の種類や量、熱処理法によって、さまざまな性質を示すことを解説しました。今回は、代表的な熱処理法である「焼なまし」と「焼ならし」を取り上げます。

鉄鋼材料に適用されている焼なまし・焼ならしは、その目的別に分類できます。また、焼なましには多くの種類があり、同じ目的であっても対象となる鋼種や部品によって種類が異なります(表1)。

表1:焼なまし・焼ならしの目的と種類
目的 主な対象鋼種または部品 種類
軟化 機械構造用鋼 完全焼なまし
工具鋼 球状化焼なまし
冷間成形品 低温焼なまし
鋳鉄 黒鉛化焼なまし
被切削性の改善 機械構造用鋼 焼ならし
工具鋼、軸受鋼 球状化焼なまし
被塑性加工性の改善 機械構造用鋼 球状化焼なまし
じん性の改善 低炭素機械構造用鋼 低温焼なまし
機械構造用鋼、工具鋼 球状化焼なまし
組成の均質化 鋼塊、鋳造品 拡散焼なまし
組織の微細化・均質化 熱間鍛造品 焼ならし
焼入れの代替 機械構造用鋼 焼ならし
焼入れの前処理 熱間鍛造品 焼ならし
冷間成形品 低温焼なまし
残留応力の除去 鋳鋼、冷間成形品 完全焼なまし
冷間成形品、鋳造品 低温焼なまし
ばね性の改善 オーステナイト系ステンレス鋼 低温焼なまし

1. 完全焼なまし

完全焼なましは機械構造用鋼に対してよく行われる熱処理で、主な目的は軟化です。A3変態点よりも30~50℃高い温度(800~900℃)に加熱し、組織をオーステナイト化してから徐冷すると、フェライトと層状パーライトの均一な組織が得られます。

このとき金属組織は、各鋼種の平衡状態にほぼ準じて変化します。そのため機械構造用炭素鋼を顕微鏡で観察し、パーライトの占有率を調べることで、炭素含有量の推定が可能になります(図1)。

図1:炭素含有量の異なる機械構造用鋼の完全焼なまし組織

図1:炭素含有量の異なる機械構造用鋼の完全焼なまし組織

得られる硬さは冷却速度に左右され、冷却速度が速いほど硬くなります。機械構造用炭素鋼の場合、冷却方法は炉冷で問題ありません。ただし、……

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2. 焼ならし

焼ならしは機械構造用鋼を対象にした熱処理で、A3変態点より高い温度(800~900℃)で加熱保持してから空冷します。熱間鍛造された鋼は結晶粒が粗大化し、組織は不均一です。これを焼ならしすることにより、結晶粒が微細化し、組織が均一になります。

完全焼なましした機械構造用鋼は、非常に軟らかいため切削加工が困難です。これに焼ならしを施すと若干硬度が増し、被削性が改善されます。このとき、炭素量が多い鋼種ほど硬さの上昇率は大きくなります(図2)。また硬さが増すのと同時に引張強さも向上するため、焼ならしは焼入れの代替処理としても利用されます。

図2:機械構造用鋼における炭素含有量と平均硬さの関係

図2:機械構造用鋼における炭素含有量と平均硬さの関係

焼ならしによって得られる金属組織は、基本的には完全焼なましと同様に、フェライトとパーライトの混合組織です。ただし加熱温度が高くなると結晶粒が粗大化し、……

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3. 球状化焼なまし

工具鋼や軸受鋼に完全焼なましを施すと、硬質の炭化物である板状のセメンタイトFe3Cが多量に生成され、層状に配列するため被削性が悪くなります。しかも薄板形状のセメンタイトFe3Cは球状のものに比べ、焼入れによって過剰に固溶します。そのため焼割れや焼入変形を生じやすく、焼入れ・焼戻し後の機械的性質も脆弱です。これらの問題点を解消するため、工具鋼や軸受鋼には必ず球状化焼なましが施されています。

機械構造用鋼への球状化焼なましの目的は、被塑性加工性とじん性の改善です。冷間でのヘッダー加工や転造などを行うボルト、冷間プレス加工や冷間鍛造加工などを行う構造部品には、必ず球状化焼なまし材が使用されています。球状化焼なましした鋼材の金属組織は、フェライト生地中に球状セメンタイトFe3Cが析出した様相を呈しています(図4)。

SCM435の焼ならしおよび球状化焼なまし組織焼

図4:SCM435の焼ならしおよび球状化焼なまし組織

球状化焼なましの方法にはさまざまな種類があり、鋼種や前組織の状況に応じた最適な方法が適用されています。工業的によく利用されているのは、……

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4. 低温焼なまし

低温焼なましは、溶接、鋳造、冷間加工などによって生じた残留応力を除去し、軟化や焼入変形の軽減を目的として行われる熱処理です。加熱はA1変態点以下で行われ、一般的に600~700°Cです。ただし、加熱後に急冷すると熱応力が発生してしまうので、徐冷するのが通常の方法です。このように、残留応力を除去する目的で行われる低温焼なましは、応力除去焼なましとも呼ばれます。なお軟化だけが目的の場合は、加熱速度や冷却速度を考慮する必要は全くありません。

冷間加工された材料の結晶はひずみを受けて長く伸び、不規則な配列をしています。しかも加工硬化を起こしています。この材料を再結晶温度以上に加熱すると、結晶が再配列すると同時に軟化します。例えば、購入状態の熱間圧延鋼板(SPHC)の金属組織はフェライト結晶です。フェライト結晶は、曲げ加工によって引き延ばされ、その際、結晶粒内には多数のひずみ線が発生します。ところが、曲げ加工後に低温焼なましを行うと、結晶粒が再配列し、均一で微細な結晶粒が得られます(図5)。このように、結晶粒が再配列することを再結晶と呼びます。再結晶が見られる温度は約550°Cです。

熱間圧延鋼板(SPHC)の加工工程に伴う組織変化

図5:熱間圧延鋼板(SPHC)の加工工程に伴う組織変化

また、冷間加工によって成形されたSUS304(18-8ステンレス鋼)製ばねには、……

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第4回:機械構造用鋼の焼入れ・焼戻し

前回は、鉄鋼の代表的な熱処理法である「焼なまし」と「焼ならし」について解説しました。今回取り上げるのは、機械構造用鋼の「焼入れ」と「焼戻し」です。

機械構造用鋼は、一般機械、産業用機械、輸送用機械などのボルトやシャフト、歯車といった構造用部品に用いられます。これらの部品を製造する場合、切削加工や塑性加工などによって個々の部品形状にした後、焼入れと焼戻しを主とした熱処理を施します。

これにより、機械構造用鋼に引張強さやじん性などの機械的性質が付与されます。このように、焼入れ・焼戻しは、機械構造用鋼に求められる機械的性質を調整するために行われます。機械構造用鋼の焼入れ・焼戻しは「調質」と呼ばれます。

1. 焼入れ・焼戻しした機械構造用鋼の機械的性質

機械構造用炭素鋼と機械構造用合金鋼の焼入れ・焼戻し後の硬さおよび機械的性質の参考データを示します(表1)。いずれのデータも、新JISでは取り上げられていないため、旧JISの解説書から引用しています。直径25mmの試験片を焼入れ・焼戻しした場合の測定値です。なお引張試験片は4号試験片によって、シャルピー試験はUノッチ試験片によって測定しています。

表1:焼入れ・焼戻しした各種機械構造用鋼の機械的性質
〔炭素鋼はJIS G 4051(2005)、合金鋼はJIS G 4102~4106(1979)の解説付表による〕
鋼種 焼入れ 焼戻し 引張強さ(MPa) 降伏点 (MPa) 伸び (%) 絞り (%) 衝撃値 (J/cm2) 硬さ (HB)
温度 (℃) 冷却 温度 (℃) 冷却
S35C 840~890 水冷 550~650 急冷 569以上 392以上 22以上 55以上 98以上 167~235
S45C 820~870 686以上 490以上 17以上 45以上 78以上 201~269
S55C 800~850 785以上 588以上 14以上 35以上 59以上 229~285
SMn443 830~880 油冷 785以上 637以上 17以上 45以上 78以上 229~302
SMnC443 932以上 785以上 13以上 40以上 49以上 269~321
SCr440 520~620 932以上 785以上 13以上 45以上 59以上 269~331
SCM440 530~630 981以上 834以上 12以上 45以上 59以上 285~352
SNCM439 820~870 580~680 981以上 883以上 16以上 45以上 69以上 293~352
SNC631 820~880 550~650 834以上 686以上 18以上 50以上 118以上 248~302
*直径25mmの試験片を焼入焼戻ししたもので、引張試験(4号試験片)およびシャルピー衝撃試験(Uノッチ試験片)によるものである。

炭素鋼の硬さ、引張強さおよび降伏点は、炭素量が多いものほど高い値を示しています。逆に炭素量が少ないものほど、……

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2. 焼入れ・焼戻しで得られる金属組織

機械構造用鋼の特性を最大限引き出すには、焼入れによって金属組織を完全にマルテンサイト化するのが理想です。そのためには、標準的な焼入温度をA3変態点よりも30~50℃高く設定します(図1)。

図1:鉄-炭素系平衡状態図で見る標準焼入温度の範囲

図1:鉄-炭素系平衡状態図で見る標準焼入温度の範囲

代表的な機械構造用鋼であるS45CやSCM440の標準的な焼入温度は820~870℃です。例えば、S45Cを850℃から焼入れした場合に得られるマルテンサイト単相は、理想的な焼入組織です。一方、A3変態点とA1変態点の中間の温度(750℃)から焼入れした場合は、マルテンサイトとフェライトとの混合組織になります(図2)。

焼入れ開始温度が異なるS45Cの焼入組織

図2:焼入れ開始温度が異なるS45Cの焼入組織

機械構造用鋼は、焼入れ後500~650℃で焼戻しすることで硬さを調整し、これによりじん性が付与されます。このように高温で焼戻したときの金属組織は、通称「ソルバイト」といい、……

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3. 機械構造用鋼の焼入性と硬さ

機械構造用鋼は、全般的に合金元素の含有量が少ないため、合金工具鋼に比べて「焼入性(焼きの入りやすさ)」がよくありません。焼入性が悪い鋼種の場合、断面寸法が大きくなると、内部硬さだけでなく表面硬さまで低くなります。また同一寸法でも、表面から中心に向かうにつれ、硬さが急激に低下し、断面の硬さ分布がU字形を呈します。例えば、直径25mm程度のクロムモリブデン鋼(SCM435)と炭素鋼(S45C)を比較すると、クロムモリブデン鋼は中心部まで焼入硬化するものの、炭素鋼では中心部の硬化はほとんど望めません(図4)。

焼入れ・焼戻し後のクロムモリブデン鋼(SCM435)と炭素鋼(S45C)の横断面硬さ分布

図4:焼入れ・焼戻し後のクロムモリブデン鋼(SCM435)と炭素鋼(S45C)の横断面硬さ分布

ただし、機械構造用鋼を用いる製品の多くは、……

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4. 機械構造用鋼の硬さと機械的性質

機械構造用鋼は、焼戻温度が高いほど硬さが低下します(図5)。これにより、引張強さやせん断強さは低くなりますが、伸びや絞りは向上します。また、引張強さや降伏点、せん断強さなどの静的な強度値は、鋼種や熱処理条件の影響はほとんど受けず、硬さによって決まります。

S48CおよびSCM435の焼戻温度と表面硬さの関係

図5:S48CおよびSCM435の焼戻温度と表面硬さの関係

一方、衝撃値は熱処理条件だけでなく、合金元素にも大きく影響されます。そのため、同じ強度区分の製品であっても強じん性が重視される場合には、……

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第5回:工具鋼の焼入れ・焼戻し

前回は、機械のボルトやシャフト、歯車などに用いられる機械構造用鋼の「焼入れ」と「焼戻し」について解説しました。今回は、工具鋼の焼入れと焼戻しを取り上げます。

工具鋼は金型や切削工具に用いられ、表面硬さや耐摩耗性といった性質が共通して求められます。その他にも、冷間鍛造用金型には耐衝撃性が、重切削用工具やダイカスト金型には耐熱性が求められます。このように工具鋼は用途によって要求される特性が異なるため、JISでは多くの鋼種を規定しています(表1)。また各鋼材メーカーでは、数多くのブランド鋼を製造・販売しています。

表1:JISによる工具鋼の分類
種類 分類 主な記号 JIS 備考
炭素工具鋼 SK70,SK85,SK105 G 4401(2009) 11種類
合金工具鋼 切削工具鋼用 SKS11,SKS21,SKS51 G 4404(2010) 8種類
耐衝撃工具鋼用 SKS4,SKS41,SKS43 4種類
冷間金型用 SKS3,SKD11,SKD12 10種類
熱間金型用 SKD4,SKD61,SKT4 10種類
高速度工具鋼 タングステン系 SKH2,SKH4,SKH10 G 4403(2006) 4種類
モリブデン系 SKH51,SKH57,SKH59 10種類
粉末ハイス SKH40 1種類

1. 炭素工具鋼(SK材)、低合金工具鋼(SKS材)の焼入れ・焼戻し

標準的な炭素工具鋼(SK材)には炭素以外の合金元素は添加されておらず、焼入性が悪いため、大型品には適していません。低合金工具鋼(SKS材)はクロムCrを主として、タングステンW、モリブデンMoなどを少量添加したもので、SK材よりも焼入性や耐摩耗性に優れています。

SK材やSKS材の標準的な焼入温度は800~850℃で、正常な焼入組織はマルテンサイトと未固溶炭化物(球状セメンタイトFe3C)です。焼入温度が低すぎると炭化物が十分に固溶せず、フェライトを生じます。逆に高すぎると炭化物が固溶過多となり、マルテンサイトが粗大化し、軟質の残留オーステナイト(γR)を多量に生じます(図1)。

図1:各温度から焼入れしたSKS3の金属組織(SEM像)

図1:各温度から焼入れしたSKS3の金属組織(SEM像)

SK材やSKS材を高温で焼戻すと硬さが低下してしまうため、……

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2. ダイス鋼(SKD材)の焼入れ・焼戻し

冷間成形金型用ダイス鋼は、1%以上の炭素CとクロムCrをはじめ、タングステンW、モリブデンMo、バナジウムVなどの合金元素を多量に含有しています。代表的な鋼種はSKD11です。約12%のクロムCrと少量のモリブデンMoおよびバナジウムVを含有し、大型のプレス金型によく利用されます。SKD11に含有される主な炭化物は、クロムCr系の (Cr, Fe)7C3で、材料の鍛伸方向に不規則に並んでいます。

熱処理にともなう組織変化は、焼入れ(標準的な焼入温度:1,000~1,050℃)によって炭化物が固溶し、焼戻しで微細炭化物が析出します。そして最終的には、焼戻しマルテンサイト生地と炭化物(未固溶炭化物+析出炭化物)の混合組織となります(図2)。

図2:焼入れ・焼戻ししたSKD11の顕微鏡組織(焼戻しマルテンサイト+炭化物)

図2:焼入れ・焼戻ししたSKD11の顕微鏡組織(焼戻しマルテンサイト+炭化物)

焼入温度の上昇に伴い、焼入硬さは高くなります。しかし、最高焼入硬さが得られる温度を超えると、硬さは低下します。この硬さ低下の原因は、……

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3. 高速度工具鋼(SKH材)の焼入れ・焼戻し

すべての高速度工具鋼(SKH材)はクロムCrを約4%含有し、その他にもさまざまな合金元素が添加されています。SKH材は、クロムCrの他にタングステンWとバナジウムVを含有する「W系高速度工具鋼」と、その他にモリブデンMoを数%以上含有する「Mo系高速度工具鋼」の2つに分類できます。耐摩耗性ではW系が、じん性ではMo系が有利です。タングステンWおよびモリブデンMoは鉄Feと、硬質の複炭化物(M6C型炭化物)を生成します。またバナジウムVは炭化バナジウムVCを生成します。これらの炭化物は鋼材の耐摩耗性を向上させます。そのため、SKH材は、ドリルなどの切削工具用材料として利用されます。

SKH材の焼入温度は工具鋼の中では最も高温で、多くの鋼種の適正焼入温度は1,200°C以上です。焼入れ後、540~560°Cで焼戻しをしたときに、最高硬さが得られます。焼入温度が高いほど、硬さの値も高くなります(図5)。その理由は、焼入温度に比例して炭化物の固溶量が増加し、これによって焼戻しで析出する二次炭化物量も増加するためです。十分な量の二次炭化物を析出するために、SKH材の焼戻しは、通常2回以上繰り返して実施されます。

SKH57の焼戻し硬さ推移曲線

図5:SKH57の焼戻し硬さ推移曲線

二次炭化物の種類にはW2CやMo2Cなどがあり、焼戻しによる二次硬化に寄与します。焼入れ・焼戻ししたSKH材の顕微鏡組織は、焼戻しマルテンサイトと炭化物の混合組織です(図6)。ただし、この倍率で観察できる白色粒状の炭化物は、……

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第6回:ステンレス鋼の熱処理

前回は、金型や切削工具などに用いられる工具鋼の「焼入れ」と「焼戻し」について解説しました。今回は、ステンレス鋼の熱処理について解説します。ステンレス鋼は、クロムCrを11%以上含有した鋼です。耐食性を最重視する製品や部品に広く使用されています。金属組織の違いによって、「オーステナイト系」、「オーステナイト・フェライト系(二相系)」、「フェライト系」、「マルテンサイト系」および「析出硬化系」に分類されます。 

1. オーステナイト系ステンレス鋼の熱処理

オーステナイト系ステンレス鋼は、クロムCrの他に数%以上のニッケルNiを含有し、磁石に付かないという性質があります。また、他の系に属するステンレス鋼よりも耐食性に優れています。ただし使用条件によっては、さらに高い耐食性が求められる場合があります。

JISで規定されたオーステナイト系ステンレス鋼には、クロムCrやニッケルNiを増量したものや、モリブデンMo、銅Cu、チタンTiなどを追加添付したものもあります。オーステナイト系ステンレス鋼は切削加工が困難なため、硫黄Sを添加して被削性を改善したものもあります。オーステナイト系ステンレス鋼の中で最も使用量が多く、代表的なものは「SUS304」です。SUS304を使用したステンレス鋼製品には、「18-8」という刻印や印刷が付されています。

オーステナイト系ステンレス鋼を用いた製品で、よく問題になるのは、「応力腐食割れ」と「粒界腐食」です。応力腐食割れは、塩素イオンを含む中性環境下で使用する場合、材料に「引張応力」が存在すると発生します。引張応力は、曲げ加工など塑性加工によって生じます。応力腐食割れを防止するには、固溶化熱処理を施し、塑性加工後の残留応力を除去します。

粒界腐食の事例には、溶接したSUS304製配管における熱影響部からの液漏れなどがあります。特に600~800℃の温度領域で加熱されると、クロム炭化物Cr23C6が粒界析出し、隣接部がクロムCr欠乏状態になることで、耐食性が劣化します(図1)。

図1:650℃で2時間加熱したSUS304の顕微鏡組織と、炭化物析出による粒界腐食の原理

図1:650℃で2時間加熱したSUS304の顕微鏡組織と、炭化物析出による粒界腐食の原理

粒界腐食を防止するには、……

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2. マルテンサイト系ステンレス鋼の熱処理

マルテンサイト系ステンレス鋼は、焼入れ・焼戻しによって硬化する唯一のステンレス鋼です。JISでは「13Cr鋼」と「17Cr鋼」が規定されています。耐摩耗性と同時に、耐食性も求められる医科用機械器具や刃物、プラスチック金型などに多用されています。

マルテンサイト系ステンレス鋼の標準的な焼入温度は1,000°C前後で、焼入れおよび低温焼戻しによって、マルテンサイト組織が得られます。焼入温度が上昇するに従い、焼入硬さは高くなります。ただし鋼の炭素量が多い場合、焼入温度が1,100°C以上になると焼入硬さは低くなります。これは、残留オーステナイト(γR)量の増加が原因で起こる現象で、……

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3. その他のステンレス鋼の熱処理

オーステナイト・フェライト系ステンレス鋼は、オーステナイト系ステンレス鋼に比べてクロムCrとニッケルNiの比率が大きく、常温でもオーステナイトとフェライトの混合組織が維持されます。オーステナイト系ステンレス鋼と同様に、固溶化熱処理が適用されます。オーステナイト系ステンレス鋼でよく問題になる、塩素イオンによる応力腐食割れを生じないため、海水や工業用水のポンプなどに利用されています。

フェライト系ステンレス鋼はニッケルNiを含有せず、クロムCrの含有量によって「13Cr系」、「17Cr系」、「25% 以上Cr系」に分類できます。熱処理は焼なましが行われる程度で、その金属組織はフェライト結晶粒を示します(図4)。

図4:820°Cで焼なまししたSUS430の顕微鏡組織

図4:820°Cで焼なまししたSUS430の顕微鏡組織

13Cr系や17Cr系のフェライト系ステンレス鋼は、比較的、腐食性の弱い環境で使用されます。特に大気中での耐食性は良好です。クロムCr含有量の多いものほど優れた耐食性を示し、25%以上Cr系では、全面腐食や粒界腐食に関してSUS304よりも優れています。ただし、孔食やすきま腐食には弱いため、……

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第7回:表面熱処理の種類

前回は、ステンレス鋼の熱処理について解説しました。今回は連載の最終回です。「表面熱処理」について解説します。

1. 表面硬化を目的とした表面熱処理の種類

表面熱処理の概略は、連載の第1回で紹介しました。その目的の多くは表面硬化です。鋼材に表面熱処理を施すことで高い硬さが得られ(図1)、これにより耐摩耗性や耐疲労性も向上します。「表面焼入れ」(図1の高周波焼入れ、浸炭焼入れ)や、「非金属元素の拡散浸透処理」の中でも窒化・軟窒化処理によって得られる硬さは1,000HV程度です。これに対し、「ボロナイジング(浸ホウ・ホウ化処理)」や「炭化物被覆」では1,500HV以上の硬さが得られます。

図1:表面熱処理の種類と得られる硬さ

図1:表面熱処理の種類と得られる硬さ

鉄鋼材料の種類や期待できる効果によって、適用される表面熱処理の種類は異なります。以下に、工業的によく使われている鉄鋼材料と、適用されている主な表面熱処理を示します(表1)。表中の「○」は適用例が比較的多く、「×」は適用例が全くないか、あっても極めてまれなことを意味します。例えば、……

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2. 高周波焼入れ

「高周波焼入れ」は、表面焼入れを代表する表面硬化法です。機械構造用鋼に適用され、シャフトや歯車などさまざまな機械部品に使われています。処理方法は次の通りです。まず、高周波コイル(加熱コイル)の誘導加熱によって、鋼材を変態点以上(オーステナイト領域)まで急速に加熱します。そして内部温度が上昇する前に急速に冷却します。これにより、鋼材の表面だけが硬化(マルテンサイト領域)します(図2)。

図2:縦型移動焼入法の模式図 急速な加熱と冷却により金属組織が変化する

図2:縦型移動焼入法の模式図 急速な加熱と冷却により金属組織が変化する

さらに詳しく見てみましょう。鋼材に近接した高周波コイルに高周波電流を流すと、鋼材表面には「渦電流」が流れます。渦電流と鋼材の電気抵抗による「ジュール熱」によって、鋼材は急速に加熱します。渦電流の浸透深さは、高周波の周波数が高いほど浅くなり、低いほど深くなります。そのため硬化層深さを浅くしたい場合や、対象物が小さい場合には高い周波数を用います。逆に内部まで硬化させたい場合には、低い周波数を用います。

焼入硬化層は、……

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3. 浸炭焼入れ

炭素Cは、鋼を焼入硬化させるために不可欠な元素です。炭素Cがなければ焼入硬化は望めません。「浸炭処理」は、炭素含有量の少ない鋼を浸炭剤中で900~1,000℃に加熱し、炭素Cを拡散浸透させて表層の炭素量を増加させる処理方法です。浸炭処理した鋼を焼入れすると、浸炭層は硬化し、耐摩耗性が付与されます。また内部の非浸炭箇所は硬化しないため、じん性は維持されます。

「浸炭焼入れ」は、表面熱処理の中では処理代としての売上額が最も多く、次いで高周波焼入れ、窒化・軟窒化処理の順になります。浸炭処理には、炭素供給原料に木炭を用いる「固体浸炭」、シアン浴を用いる「液体浸炭」、浸炭性ガスを用いる「ガス浸炭」があります。現在の主流はガス浸炭です。主なガス浸炭には、炭化水素ガスと空気との変成ガスを用いる方法、メタノールCH3OHの分解ガスを用いる方法があります。最近では、二酸化炭素CO2排出量の削減や、浸炭効率の向上を目的に、「真空浸炭」の適用例も増加しています。

一例として、分解ガスによる浸炭処理の概略を示します(図4)。主な原料はメタノールCH3OHです。浸炭温度が維持された処理炉にメタノールCH3OH滴注して、その熱分解ガスによって浸炭が行われます。

分解ガスによる浸炭処理の概略

図4:分解ガスによる浸炭処理の概略

この方法は、液体を滴注することから「滴注式浸炭」とも呼ばれ、……

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4. 窒化・軟窒化処理

「窒化」とは、窒素を拡散浸透させて硬質の窒化物を生成させる表面硬化処理です。アンモニアガスNH3中で加熱する「ガス窒化処理」が最初に開発されました。この方法は、NH3を分解して得られた窒素Nを、鋼材表面から拡散浸透させて硬質の窒化物を生成させるものです。一般的な処理温度は500~550°Cです。その他に「塩浴」や「プラズマ」を用いる方法が行われています。

プラズマを用いる方法は「イオン窒化」とも呼ばれており、窒素N2+水素H2の減圧雰囲気(1~10Torr)中で、数百ボルトの電圧を印可した際に、陰極(処理物)に生じる「グロー放電」を利用するものです(図6)。ステンレス鋼やチタン合金など、ガス窒化処理の適用が難しい処理物には、非常に有効な処理法です。

プラズマ(イオン)窒化の基本原理

図6:プラズマ(イオン)窒化の基本原理

窒素Nと同時に炭素Cも拡散浸透させる処理は「軟窒化処理」と呼ばれ、570~600°Cで行われます。軟窒化処理という名称の通り、……

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