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地盤工学の歴史:地盤工学の基礎知識2

地盤工学の基礎知識

更新日:2021年6月16日(初回投稿)
著者:東京電機大学 名誉教授 安田 進

前回は、地盤工学について、その基礎となる考え方を解説しました。今回は、その地盤工学がどのように始まり、どのような変遷をたどって現在に至っているか、その歴史を紹介していきます。

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1. 城塞の建設から始まった地盤工学

地盤工学は、図1に示すように、さまざまな力学や知識から構成されています。基本とする力学は、土質力学です。

図1:地盤工学の構成

図1:地盤工学の構成

ちなみに、現在の土質力学の教科書における項目は、図2のようになっています。

図2:土質力学の教科書の目次例

図2:土質力学の教科書の目次例

地球上の全ての構造物は、地盤の上か地中に造られます。また、堤防やため池などは、土を締め固めて造ります。従って、これらを造るときに地盤をどのように扱うかは太古の昔から重要な課題で、さまざまな工夫がされてきました。例えば、建物を建てるときに柱を直接地面の上に置くと沈下してしまうので、その間に礎石(そせき)を置くことが昔から行われてきました(図3)。また、洪水を防ぐために土を盛って土手を築いた場合、土が締まっていないと大雨の時に崩れてしまうため、桜を植えることで花見客に土手を歩かせ、締め固めたという話が伝わっています。

図3:岡山城 旧天守閣の礎石

図3:岡山城 旧天守閣の礎石

・クーロンの築城から発展した土質力学
上述の工夫などに対し、理論としての土質力学が考案され始めたのは、18世紀頃からとされています。その先駆者は、フランスの物理学者として有名なC.A.Coulomb(クーロン)です。当時、フランスはイギリスと戦っていました。占領されていたマルチニク島が返還された時、再構築のための築城工事をクーロンが担当しています。彼は、この時の経験から土圧や摩擦に関する論文を発表しました。これらを現在の学生に話している方法で説明すると、図4~6となります。

図4:せん断力を与えた時の土粒子構造のずれ

図4:せん断力を与えた時の土粒子構造のずれ

地盤を構成する土は土粒子と間隙(かんげき)からなります(第1回図5)。土粒子は岩を砕いたような物なので、周囲から等方的に圧力(拘束圧)を加えても土粒子は壊れにくく、拘束圧を粒子間の力で支えて土は破壊しません。逆に、等方的に引張り力を与えると粒子は離れて、引張り強度はゼロに近い値になります。

これに対し、図4のように一定の直応力を与えてせん断変形させるためには、せん断応力τ(タウ)を増加させていかなくてはなりません。そして、ある値になると粒子同士がすべるようになり、せん断応力がピーク値となります(図5の左)。これがせん断強度τfで、地盤のせん断変形が進み、せん断強度に達したときに地盤の破壊が発生します。そして、直応力の大きさに比例してせん断強度も大きくなるので、図5の右のように破壊線が通常右上がりの直線になります。この切片を粘着力c、傾きをせん断抵抗角Φと定義し、両者を併せてせん断強度定数と呼んでいます。これらは、後述するように、現在でも設計上最も大切なパラメータとなっています。

図5:せん断強度と破壊線、強度定数

図5:せん断強度と破壊線、強度定数

クーロンはこの考え方を用い、1773年、図6に示すような方法で擁壁(ようへき)に加わる土圧を求める方法を考え出しました。まず、擁壁の背後に直線状のすべり面を仮定し、土塊(どかい)の自重Wですべり落ちようとする力を、擁壁からの反力Pと背後の地盤からの反力Rで支えると考えました。そして、すべり面の傾きβを変えていって、最大になるPを土圧と考えました。

図6:クーロンの土圧の考え方

図6:クーロンの土圧の考え方

土圧の求め方に関しては、その後の1857年に、イギリスの機械技師であり土木工学の分野でも貢献した、W.J.M.Rankine(ランキン)が別の考え方による方法を発表しました。この方法では、単純な条件の場合にはクーロンの土圧論で求めた土圧と一致するものの、複雑な条件の場合には異なってきます。また、適用性に一長一短があるため、現在では場合に応じて両者を使い分け、擁壁や岸壁などを設計しています。

・工業用水の需要から地盤工学の体系化へ
地盤工学で扱う分野は多種多様であり、設計に必要な値も異なります。フランスにおいては、1845年頃から工業が急激に発達して工業用水の需要が増したため、井戸の削井(さくせい)が盛んに行われるようになりました。そこで地下水に関する研究も行われるようになり、1856年にはフランスの技術者であるH.P.G.Darcy(ダルシー)によって、地盤内の水の流れに関する論文が出されました。

ダルシーの法則と呼ばれている式を現在の表現方法で表すと、流速vは動水勾配iに関係し、v=kiと表されます。ここにあるkは透水係数で、砂で10-4m/s、粘性土で10-10m/s程度と、土粒子の大きさによって極端に異なる値です。この考え方は現在、井戸だけでなくフィルダム(コンクリートを主体とするコンクリートダムとは異なり、天然の土砂や岩石を盛り立てて築いたダム)の浸透流の検討などでも広く使われています。なお、前回述べた粘性土地盤で圧密が長時間続くのは、透水係数が上記のように非常に小さいため、間隙内の水が絞り出されるのに長時間かかるからです。

フィルダムや堤防、道路・鉄道盛土では、高く盛ったり緩く盛ったりするとすべり破壊を起こします。このような盛土のすべり破壊に関しては、1916年頃のスウェーデンでW.Fellenius(フェレニウス)らによって多くの研究が行われ、設計方法が提案されました。これは図7に示すように、すべり面を円弧と仮定し、すべる土塊を分割して、すべりに対抗するモーメントΣMRiとすべらそうとするモーメントΣMSiとの比から、すべりに対する安全率FSを求める方法です。

図7:円弧すべりでの安全率

図7:円弧すべりでの安全率

この他にも、スウェーデン人のA.M.Atterberg(アッターベルグ)による土の分類に関する研究、アメリカの工学者R.R.Proctor(プロクター)による土の締固めに関する研究など、19世紀から20世紀にかけていくつかの重要な研究が行われてきました。そして、土質力学の父と呼ばれるK.Terzaghi(テルツァーギ)によって、地盤工学にとって最も重要な原理である有効応力に関する理論が出されると同時に、地盤工学が体系化されました。

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2. 地盤工学の確立は戦後

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