メニュー

モノからコトへ。ユーザーの変化を追え!:製造業のためのUX(ユーザーエクスペリエンス)入門1

モノからコトへ。ユーザーの変化を追え!:製造業のためのUX(ユーザーエクスペリエンス)入門1
著者:株式会社日立システムズ UX推進部 部長 村井 龍生

人は体験に価値を見いだす―。モノからコトへのパラダイムシフトが叫ばれて早くも10年がたち、ユーザーの体験価値(UX)の重要性はいたるところで叫ばれています。私は、20年以上にわたり日立製作所のインハウスデザイナーとして、パブリック向けからコンシューマー向けまで、多くの製品開発に携わってきました。

その中で気付いたことは、UXは研究開発職、営業職などの職務内容に関わらず取り組む必要があり、またBtoCであろうとBtoBであろうと、企業として一丸となって取り組むことが重要だということです。しかし、実際のところ、製造業の取り組み状況はどうでしょうか? この後に紹介するカーシェアリングやテレビ開発の例を見れば、「モノ」を売るだけではダメだということが、痛いほど理解できるでしょう。

この全2回の連載では、モノからコトへの時代を概観し、また企業がこの時代を生き抜くためのヒントを紹介します。前編では、ユーザーの価値観の変化と、企業に必要とされる意識改革について考察します。

1. 所有から利用の時代。モノからコトへ

モノに対する価値観の変化の代表例が、若者の自動車に対する興味関心の低下です。かつて多くの若者は、とにかく車を欲しいと考えたものでした。

ところが最近では、自分では車を持たず、必要なときに必要な分だけレンタルできる「カーシェアリング」の登録者数が増加しています(図1)。ユーザーは、車を所有すること自体には価値を見いださず、車を利用することで得られる体験価値に対価を支払っています。これはまさに「モノからコトへのパラダイムシフト」です。

図1:カーシェアリング市場規模推移と予測(出典:矢野経済研究所)

図1:カーシェアリング市場規模推移と予測(出典:矢野経済研究所

さらに、車どころか免許すら取らない若者も増えています。車を買わない理由は、若者の平均年収の減少だけでは片づけられません。スマートフォンの通信料には高額を支払っていることを考えると、自動車自体に価値を見いだしていないとされています。一方、若者に自動車を持つことで得られる価値を具体的に提示すると、興味を示す人が増えるという調査結果もあります。モノから生まれる価値を創造し、伝えることがより重要になっているといえるでしょう。

ユーザーは、モノ自体ではなく、それを利用することに価値を感じます。そして、提供された価値を利用し、ユーザー自身が自らの価値に置き換えるようにもなりました。企業側、特に製造業者にとっては、ユーザーと共にモノとコトを包括的に考えて価値を創造してゆく、サービスドミナントロジックという考え方が欠かせません(図2)。

図2:グッズドミナントロジック(GDロジック)とサービスドミナントロジック(SDロジック)の違い

図2:グッズドミナントロジック(GDロジック)とサービスドミナントロジック(SDロジック)の違い

bnr-bottom_basic-chemical-industy_kiso

2. テレビ開発に見る、顧客の価値に目を向けるべき理由

パラダイムシフトが起こってしまった今、製造業者は、サービスドミナントロジックという考え方で、ユーザーが求める「真の価値」つまりはUXを提供しなければなりません。UXとは、ユーザーがモノやコトを含めた、企業が提供するすべての経験から「うれしい、楽しい、よかった」と感じることのできる、ユーザーにとっての真の価値です。それらを意識しなければ、当然、利益が下がり企業としての経営が苦しくなってしまいます。

私がこのことを痛烈に実感したのは、テレビのデザインに従事していた時でした。私は、プラズマテレビが普及期にデザインを担当しました。リビングの一番良い位置に鎮座していたブラウン管テレビは、場所を取らない薄型テレビに代わり、人々の生活に大きな変化を与えました。当時、薄型テレビは「作れば売れる」そんな時代でした。高額にも関わらず、生産が追い付かないほど売れたものです。

ところが、液晶(プラズマ)パネルさえ手に入れば簡単に作れる薄型テレビは、韓国や台湾などのメーカーが市場に参入した途端に価格破壊が起こり、全世界で過酷なコスト競争時代に突入しました。ユーザーに受け入れられるテレビとは何か。われわれは毎日のように議論し、アイデア出しに明け暮れました。しかしながら、どんなに機能を追求しても、デザインを良くしても、ヒット商品は生まれません。

理由は明確です。ユーザーにとって、テレビの経験価値(UX)とは、結局のところコンテンツ(映像)だからです。テレビ自体の機能の差はほとんどなくなり、メーカーがどれだけ頑張って高機能テレビを作ったところで、価値を創出することができなくなってしまったのです。ユーザーにとっての体験価値を意識せず、機能を高めて売る路線を進めてしまった結果、コストがかさみ収益を圧迫してしまいました。

ユーザーにとって、テレビの経験価値(UX)とは、結局のところコンテンツ(映像)だからです。

これはもはやテレビだけの話ではありません。さまざまなモノがデジタル化していく現代において、製造業界のいたるところに変化の波が押し寄せています。自動車にもAIが搭載されるなど、今後ますますデジタル化が進む中、製造業者はより市場動向を把握・予測し、UX視点で商品開発をしていかなければ、生き残ることが厳しい時代が到来しているのです。

3. UXはデザイナーだけの責任範囲なのか?

デザイナーは市場ニーズをキャッチし、さまざまな技術情報をつかんだ上でアイデアを創出します。つまりユーザーの視点に立ち、UX視点で考える力が欠かせません。それは、研究者や設計者など開発に携わるすべての人に求められるスキルです。

しかしながら、どんなに優れたUXをもたらすアイデアを創出しても、技術やコスト面で実現可能でなければ話になりません。さらに、関係者がその価値に対して、どれだけ共感するかがアイデアを実現するための大きなファクターと言えます。

以前参画した、ある企業のエンドユーザー向け機器のコンペ案件の例です。クライアントは機器とシステムの提案を要件としておりましたが、私はエンドユーザーのUXを意識して、操作画面の使い勝手も盛り込みたいと考えました。

社内会議で「この機器は、お客さまの使い勝手が重要だと考えます。ぜひ提案書に盛り込みたいのですが、今のところ実現性の根拠がありません」と、紙芝居形式で制作したラピットプロトタイプを見せながら、当時のプロジェクトマネジャーや関係者に提案しました(実際のところ、技術的には実現可能でしたが、体制の観点から実現可能性が不透明でした)。

するとプロジェクトマネジャーはこう言いました。「これは良い。われわれ日立グループならできないことは無いですよ。今根拠が無くても、私がしかるべき部署にお願いして回ればいいんでしょ? 提案しちゃいましょうよ」

プロジェクトマネジャーのその一言で、実現の裏付けも無いまま提案書に盛り込むこととなり、結果受注することができました。後日クライアントから「使い勝手まで提案してきたのは、日立さんだけでしたよ」と言われたときは、さすがにうれしかったのを覚えています。一方、もしそのプロジェクトマネジャーがNGを出していたら、そのアイデアはボツになっていたでしょう。受注にも至らなかったかもしれません。

デザイナーや開発者には、お客さまの価値を見いだし、新たなアイデアを創出するポテンシャルが十分にあります。それを実現させるためには、アイデアについて共感し、実現して世に送り出そうとするパートナーの存在が不可欠であると実感した瞬間でした。デザイナーにはUXの重要性を理解してもらう努力、開発者や経営者にはUXの重要性を理解する姿勢が求められます。UXの実現には両者の相互理解と歩み寄りが欠かせないのではないでしょうか。

bnr-bottom_basic-chemical-industy_kiso

4. 企業として取り組む意識改革:インクの切れたマーカーがあってはならない

今後ますます重要になってくるのは、UXを生み出すために、アイデアを描き、共有し、膨らませるという「デザイン思考」で物事を考える人財の育成です。デザイン思考は、デザイナーだけに向けられた考え方ではありません。むしろこの一連の作業が新たな価値を生むものであるため、デザイナー以外の人が身に付けるものだといわれています。

製造業従事者が「デザイン思考」を身に付け、実践する。それによって、クリエイティブな発想で新たな価値を創造する企業体質になることが必要です。特に経営者自身がマインドセットを変えることで、その取り組みが進むようになります。

「デザイン思考」では、オフィス機能もクリエイティブな発想を生み出すための重要なファクターです。事業部へ行くと、ホワイトボードはあるものの、インクの切れたマーカーが散在しているようなオフィスが多いことに驚かされます。未だに資料を印刷して配布し、会議中に資料を眺めつつ、互いの顔すらろくに見ないで進む会議をよく目にします。予算会議であるならまだしも、アイデアを必要とするクリエイティブな会議ですら、そのような状態なのです。

私が日立システムズに移ってから、ワークスタイル変革の一環として、無味乾燥なスペースに「協創空間」を作りました。描くことにこだわり、さまざまな場所で描けるようにするとともに、情報共有を目的とした移動可能なモニターを数台用意し、いつでもどこでもパソコンの画面が共有できるようにしました。さらに会議の内容に応じてレイアウトを変更できるよう、机も同じ規格の小さめの机を用意しました。

観察していると、今までよりも「描き、議論する」風景を多く目にするようになりました。空間を変えるだけで自然とミーティングのスタイルが変わったのです。もちろん描けないマーカーは存在しません。毎朝担当者がマーカーをチェックしているからです。 

皆が席に座ったままで意見を述べ合う会議よりも、ホワイトボードなどに描きながら進める会議の方が、議論が散漫になりにくく、誰かのアイデアにかぶせるようになり、発展性が生まれます。こうした身近な変革から、クリエイティブな体質の社員が育ち、クリエイティブな企業体質ができ上がるのだとあらためて実感しました。

市場やユーザーニーズの変化を目の当たりにし、企業としてあるいは個人として、どのような意識変革が必要なのかを説きました。停滞する市場を打破するために、ぜひユーザーの価値=UXを導き出すための「デザイン思考」に目を向けてみてください。本稿の後編では、デザイン思考を身に付けるための具体的なヒントをご紹介します。

著者 村井 龍生(むらい たつお)

株式会社日立システムズ  UX推進部 部長。デジタルマーケティングを実践しつつ、UX思考を持つ人材育成を目的とした社内講師として活動。1989年、株式会社日立製作所入社。デザイン研究所に配属。銀行のATMや券売機など公共製品のデザインに従事。その後日立製作所本社宣伝部に異動。テレビCMの製作担当者として、日立ブランドの醸成を行うとともに、「伝えること」の重要性や技術を学ぶ。新聞広告において電通特別賞を受賞。デザイン研究所に戻った後、コンシューマー製品のデザインに従事。Gマークを始め、さまざまな賞を受賞するとともに、特許も多数取得。2015年より現職。

  • セミナー10月
  • 寄稿募集
  • 基礎知識一覧

ピックアップ記事

tags

  • 特集バナー0925_01
  • 特集バナー0925_02
  • 特集バナー0925_03
  • 特集バナー0925_04