メニュー

情報とゲーム理論:ゲーム理論の基礎知識6

ゲーム理論の基礎知識

更新日:2021年9月10日(初回投稿)
著者:東京都立大学 経済経営学部 教授 渡辺 隆裕

前回は、展開形ゲームの特徴とその解き方を解説しました。ゲーム理論においては、プレイヤーを取り巻く不確実な状況やそれに対する情報が、行動や意思決定にどのように影響を及ぼすかが問題となります。情報の非対称性は、戦略的行動とともにゲーム理論の重要なテーマであると紹介しました(第1回)。今回は、最終回です。この情報の非対称性と、さらに、ベイズの定理とシグナリングゲームについて解説します。

今すぐ、技術資料をダウンロードする!(ログイン)

1. 不確実な事象と情報─ベイズの定理の応用

私たちは、常に不確実な状況の中で意思決定をしなければなりません。その決定を行うために作られた理論が、確率です。確率論や不確実性下の意思決定理論は、近年大きく発展しています。その中でも特に、データサイエンスや人工知能などの理論でよく使われるベイズの定理は、情報を使って確率を更新するという考え方で、ゲーム理論でも大きな役割を果たしています。まず、ベイズの定理がどのような考え方であるかを、以下の例を用いて説明します。

・ベイズの定理の例
ある企業が、新事業のために人を雇うことになりました。その人には、ある能力(英語能力、会計処理能力など)が必要であり、一般的には、その能力が高い者が20%、低い者が80%の比率で存在しているとします。ここで、その能力に対する資格(英語検定やTOEIC、簿記など)が存在し、能力が高い者のうち50%は有資格者(残り50%は資格を持っていない)であるのに対し、能力が低い者は、そのうち25%が有資格者(残り75%は資格を持っていない)であるとします。さて、企業の就職面接に有資格者がやってきました。その人の能力が高い確率は何%でしょうか?

今回は、少し記号も導入しながら考えていきましょう。ここで、求職者の能力が「高い」か「低い」か、という事象をHとLで表し、その確率をP(H)、P(L)で表すことにします。ここではP(H)=0.2、P(L)=0.8です。この確率を「事前確率」と呼びます。さらに「有資格」か「無資格」か、という事象をYとNで表すことにします。「能力の高い者のうち50%は有資格者」という事実は、能力が高いという条件、または情報が与えられると、その人が有資格者である確率が50%ということを意味しています。これをP(Y|H)=0.5のように表し、「条件付き確率」または「事後確率」と呼びます。

上の例は、その人が「有資格者」であるという条件(情報)が与えられたときに、能力が「高い」確率は何%になるか、すなわちP(H|Y)はいくつになるかという問題です。これは図1のように、一辺の長さが1の正方形において、確率を面積として考えると分かりやすくなります。高能力の有資格者である確率は全体の10%[P(Y|H)P(H)=0.5×0.2]で、低能力の有資格者は全体の20%[P(Y|L)P(L)=0.25×0.8]です。このことから、有資格者の中で能力が高い者の比率は、0.1/(0.1+0.2)=0.33になることが分かります。

図1:ベイズの定理

図1:ベイズの定理

これを式で表すと

P(H|Y)=P(Y|H)P(H)/(P(Y|H)P(H)+P(Y|L)P(L))

となります。これがベイズの定理です。

ベイズの定理は、不確実な事象に対し、情報を使って事前確率を更新し、事後確率を導く公式です。ベイズの定理では、不確実な事象のもとで情報が発信される確率と、その事象の事前確率との両方が影響を及ぼします。能力の低い者は25%の確率でしか資格が取れないにもかかわらず、そもそも能力が低い者の比率が高いために、有資格者の能力が高い確率は33%に過ぎないということが、それを表しています。

こうした資格の有無のように、人々の行動は不確実な事象に対する情報を与えます。ラーメン屋の前の行列は、その店がおいしいという情報を運んでくれます。店に行くまでに推測した、そのラーメン屋がおいしいという事前確率は、店の前の行列という情報によって更新されるということです。

2. 不完備情報ゲームによるモデル化

不完備情報ゲームとは、ゲームのルールあるいはプレイするのに必要な情報がプレイヤー間で共有されていないゲームをいいます(第1回)。上記の例においては、「低い能力の者は25%の確率でしか資格が取れない」という事実を、物理現象や自然現象のような確率事象として考えました。そうすると、この問題はゲーム理論ではなく、確率と統計の問題に過ぎないように思えます。しかし、求職者が資格を取るか取らないかは、自然現象ではなく「コストをかけて個人が選ぶこと」です。そこで、上記の問題に、以下の設定を追加して、企業と求職者のゲームとして考えてみましょう。

・企業と求職者のゲーム
求職者は、自分の能力を知った上で、資格を取るかどうかを選びます。企業は、求職者の資格の有無は分かっても、能力は分からないものとします。求職者は、企業に採用されないときの利得を基準の0とし、採用されたときの便益を3とします。また、高能力の者が資格を取るコストは低く1であるのに対し、低能力の者は学校に通うなど高いコストc(c>1)を支払うことで資格が取れるとします。また、企業は、採用しなかった場合の利得を0として考え、高能力の者を採用すれば+1、低能力の者を採用すれば-1であると考えます。

図2は、このゲームの木を表しています。このゲームの木は、第5回で解説したゲームの木より、少し複雑です。まず第1に、このゲームの木では、初期点x0で「自然」と呼ばれるプレイヤーが、求職者の能力が高いか低いかを確率0.2と0.8で選びます。このように、ゲーム理論における不確実な事象は、自然と呼ばれるプレイヤーが、確率で選択を行うことによって決まると考えます。そうすることによって、不確実な事象も、プレイヤー自身が確率を用いて選択を行うこと(混合戦略:第4回参照)も、同じ原理で扱うことができます。

図2:企業と求職者のゲームの木(不完備情報ゲーム)

図2:企業と求職者のゲームの木(不完備情報ゲーム)

次に、求職者は、能力が高い場合は点x11で、低い場合は点x12で、自分の能力を知った上で、資格を取るか取らないかを個別に決定すると考えます。企業は、有資格者が面接に来たとき、相手の能力が高いときは点x21で、低いときは点x23で、その人を採用するかどうかを決めることになります。しかし、企業は相手の能力が分かりません。これは、企業が点x21と点x23のどちらで決定しているかが分からないままに、同じ行動を選ばなければならないということを意味します。そこで、これらの点をグループ(点の集合)にします。この点の集合を「情報集合」と呼びます(図2では、h1という名前をつけています)。

企業は、1つの情報集合の点では全て同じ行動を選ぶ、すなわち1つの情報集合で1つの行動を選ぶ、と考えます。h1という情報集合は、「有資格者が来たという情報」を表し、企業は、この情報のもとで1つの行動を選ぶわけです。同様に、無資格者が来たという情報のもとで、企業が決定をする情報集合をh2(点x22と点x24の集合)とします。

このように、プレイヤーを取り巻く環境に不確実性があり、プレイヤーの利得が確率で決まるゲームを「不完備情報ゲーム」と呼びます。不完備情報ゲームでは、自然という仮想的なプレイヤーを用いてゲームを表現します。特に、今回の例では、求職者は自分自身の能力を確実に知っているのに対して、企業ははっきりと分からず確率的に推測しています。また、このようにプレイヤー間の情報が異なる状況を、「情報の非対称性がある」といいます。

3. プレイヤーの行動と情報

続きは、保管用PDFに掲載中。ぜひ、下記よりダウンロードして、ご覧ください。

ピックアップ記事

tags