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イグノーベル賞インタビューLaugh and Think【第2回】タマネギを切ると涙が出るホントの理由―疑いのないところからの発見:ハウス食品グループ本社・今井氏

「人々を笑わせ考えさせてくれた業績」に贈られるイグノーベル賞(Awards makes people Laugh and then Think)。今回は、2002 年 にイギリスの科学雑誌ネイチャーに掲載された「タマネギの催涙因子生成酵素(Lachrymatory Factor Synthase:LFS)発見」の功績で、2013年に化学賞を受賞されたハウス食品グループ本社 中央研究所 基盤技術開発部 研究主幹・博士(農学)の今井真介氏にお話を伺いました。

イグノーベル賞インタビューLaugh and Think【第2回】タマネギを切ると涙が出るホントの理由――疑いのないところからの発見
ハウス食品グループ本社 中央研究所 研究主幹・博士(農学)今井 真介氏(右)と、同研究所 基盤技術開発部長・博士(農学)拓植信昭氏(左)

――タマネギを切ると涙が出るというのは、言わずと知れた事実のように思えますが?

今井真介氏(以下、今井氏):受賞理由は「タマネギが人を泣かせる生化学的なプロセスは、科学者が考えていたより複雑であることを、明らかにしたこと」でした。おっしゃるとおり、タマネギを切ると涙が出るのは誰もが知っていることであり、涙を流す要因の化合物(催涙因子)も1970年代には特定されていました。

しかし、実は、この催涙因子の生成に必要不可欠な酵素の存在が見逃されていました。私たちは、この酵素の存在に気づき、催涙因子生成酵素(Lachrymatory Factor Synthase:LFS 以下、LFS)と命名しました。

LFSは、タマネギの抽出液にたくさん含まれるたんぱく質の一つです。LFSを精製して特性を確認すること自体は、難しくありませんでした。この研究が注目された理由は、誰一人疑っていなかった催涙因子の生成の仕組みに、なぜ疑問を抱き、LFSの存在に気づいたのか?というところです。ただ、私自身も、最初からLFSを見つけようと思っていたわけでは、ありませんでした。

催涙因子生成酵素
研究室には受賞のきっかけとなったタマネギが大量に!

――LFSを発見したきっかけは、何だったのですか?

今井氏:きっかけは、工場でレトルトカレーを作っているときに起きたトラブルです。タマネギとニンニクを炒めると、通常は次第にきつね色になるのですが、これが緑色になってしまうトラブルが時々起こっていたのです。緑色になってしまった大量のタマネギは、廃棄しないといけないため、食品会社にとっては重大な問題でした。そこで、緑色になる原因の究明と、こうしたトラブルを発生させないための対策を立てることにしました。

研究を開始すると、市販のニンニクとタマネギをペーストにして混ぜ、室温50℃くらいの温度で長時間放置すると、混合ペーストは確実に緑色になることが分かりました。このことから、通常のタマネギとニンニクに入っている成分が、緑の色素の生成に関与していることが分かったのです。

水溶性か非水溶性かなど、反応に必要な成分を細かく分析しました。その結果、タマネギの辛み成分の元である「PRENCSO」と、ニンニクの風味の元である「アリイン」、そしてこれらを分解する酵素「アリイナーゼ」、「アミノ酸」の4つを混ぜることで緑色になることが判明しました。

通常は、ニンニクを単独で炒めてからタマネギを投入します。ニンニクのペーストを十分に加熱すると、ニンニク中の変色反応に関係する成分は、変色反応に関与しない別の成分へ変化することが分かりました。その結果、ニンニクを十分に加熱して、変色反応に関与する成分を無くしてから、タマネギを加えることで、緑化現象の発生を抑えることができました。

しかし、上記の4つの成分を使って緑色を作る実験の過程で、不可解な結果も得られました。4つの成分の一つである「アリイナーゼ」は、ニンニク中にも、タマネギ中にも含まれています。私たちは、ニンニクまたはタマネギの抽出液を簡単に精製しただけの液を、粗精製アリイナーゼとして使い、緑色を作っていました。

ニンニクとタマネギのどちらから精製したアリイナーゼでも酵素の活性の強さが同じであれば、緑の色づき程度に差はないはずなのに、ニンニクから精製した場合は緑の色づきが良いのに対し、タマネギから精製した場合ではニンニクの場合に比べ色づきは悪かったのです。

この結果に疑問を抱き、会社に研究続行を申し入れました。そして実験を重ねた結果、私たちがタマネギから簡単に精製していた液には、アリイナーゼ以外に、未知の成分が含まれていて、この未知成分があると催涙因子が生成し、それが原因で緑色の色づきが弱まっていたことが、分かりました。そして、この未知成分こそが「LFS」だったのです。

イグノーベル賞授賞式での今井氏のスピーチ(音あり)イグノーベル賞お決まりの「飽きたわ、もうやめて」と言ってスピーチを止める女の子に対して、お菓子やぬいぐるみを渡すというパフォーマンスも(出典:YouTube)

――LFSを発見したことで、タマネギの研究は完結したのですか?

今井氏:LFSの発見は、2002年にイギリスの科学雑誌であるネイチャーに掲載されました。LFSの活性を抑制できれば、涙が出ず、しかも風味や健康機能性成分の量は増加したタマネギが作れる可能性があるという仮説には、とても大きな反響がありました。

しかし、LFSの活性を抑えたら害虫や病気に弱くなり、タマネギは育たないのでは?という疑問の声も寄せられました。そこで、タマネギの遺伝子組み換え研究をしていたニュージーランドのPlant & Food Research社と共同で研究を行い、LFSを抑えた遺伝子組み換えタマネギを作って、期待通りの成分変化が起きることや、LFSを抑えたタマネギでもちゃんと生育できることを確認しました。

常日頃から、切っても涙が出ず、そして香りも落ちない、健康にも良いタマネギがあれば、もっとおいしいカレーができるかもしれないと考えており、この実験結果を受けて、涙の出ないタマネギの実用化に取り組み始めました。

理化学研究所の協力のもと、タマネギの種に重イオンビームを照射して、突然変異を誘導させ、育ててはタマネギを切って、催涙成分などの成分を調べ、優秀なタマネギを選んでは交配させて…、この繰り返しを10年ほど続けました。ようやく涙の出ないタマネギを作り出すことができ、今年2015年3月にハウス食品から発表しました。

このタマネギは、狙っていたLFSが抑えられたタマネギではなく、アリイナーゼが抑えられたタマネギです。従来品種とは全く異なる「辛くなくて、甘いタマネギ」を、育種とは無縁の会社でも開発できたのです。これは、なせばなるという大きな自信になりました。

涙の出ないタマネギの研究
10年以上の歳月をかけて「辛くなくて、甘いタマネギ」の開発にこぎつけた

――発見されたLFSは、ほかの分野にも役立っているのですか?

今井氏:自分たちが見つけた酵素があれば、いつでもどこでも泣けます。これを何かに生かしたいと考えていたときに、京都府立医科大学からドライアイの検査法に活用できないか?とのお話を頂きました。

ドライアイは、涙不足などが原因で目の表面に傷や障害が生じる病気です。そして、ドライアイの診断には、シルマーテストという方法がよく用いられています。目とまぶたの間にろ紙を挟み、一定時間たったあと、ろ紙に染み込んだ涙の量を測定する方法です。目が乾いている人にろ紙を挟むと、それによって角膜に傷をつけてしまう恐れがあります。しかし、タマネギの催涙成分のガスで刺激すれば、眼球を傷つけなくて済みます。

これまでのタマネギの催涙成分を使った実験では、加齢に伴って角膜知覚神経が鈍化することや、涙の分泌量も減少することを裏付けるデータが取得できました。ドライアイの検査に応用できる可能性があり、一緒に開発してくれる製薬会社さんを探して、ぜひ実用化してみたいと思っています。

――この研究を支え続けてくれたものは何ですか?

今井氏:私たちの研究所には最新鋭の分析装置がたくさんあるわけでもなく、学生のように昼夜を問わず、働けるような体力もありません。また、最先端の技術もノウハウもありません。

このように決して恵まれた環境ではなくても、LFSを発見できたのは、自分たちだからこそ知っているテーマを研究したからだと思っています。レトルトカレーを製造している会社で働いていたからこそ、タマネギとニンニクの成分から緑色ができることを知り、緑化現象の仕組みの解明や防止方法が、産業的に重要であることも分かりました。

また、LFSの存在に気づくヒントは、生成する緑色の成分量が違うという、自分の実験データの中にありました。どれも自分たちだからこそ、知り得た情報です。

ただ、いくら興味深い研究だと自分は思っていても、上司や会社の了解が得られなければ、研究は続けられません。LFSの発見は、必ずしも今の製品開発に役立つわけではありませんでしたが、役員会議で「ぜひ、研究させてください」とお願いして、了解を頂きました。

たくさんの方から「よく会社がそこまで研究させてくれたね」と言われます。この研究ができたのは、私が置かれた職場の環境と、会社の理解に支えられたお陰だと思っています。

――モノづくりに携わるTech Noteの読者に向けて一言お願いします。

今井氏:四つ葉のクローバーは、なぜ幸せのトレードマークなのでしょうか?「めったにないから」と私は考えていました。しかし、何十年も前に友人から「四つ葉のクローバーは身近に存在するのに、ろくに探しもしないで、踏みつぶしてしまうことが多い。それは幸せと似ているから、きっと幸せのトレードマークになっているのだよ」と言われました。それ以降、あると信じて探すことが大切と考えるようにしています。 

新しい研究も同じで、初めから「ない」と思ったらいつまでも巡り合えない、「ある」と信じて探し始めるからこそ巡り合えるのです。身の回りの疑問から発見があり、それが新しい研究につながるのではないかと思っています。研究も仕事も、思い通りの結果にならないことはよくあります。なぜこんな結果になったのかを真剣に考えると、それが新しい発見のヒントになることもあります。

そして、やり始めたら簡単に諦めないことも大切です。時間がない、材料がない、お金がないと、研究や仕事を諦めるための言い訳は、身の回りにたくさん転がっていています。でも途中で諦めたら、そこまでの苦労は無駄になります。途中で諦める理由を考えるより、どうしたらこの状況を乗り越えられるかを考えた方が良いのではないかと思います。

――なるほど。「新しい発見は、身の回りいつも存在している」という考え方が、新たな研究や真実を生み出す秘けつということですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。

イグノーベル賞インタビューLaugh and Think【第2回】タマネギを切ると涙が出るホントの理由――疑いのないところからの発見
「初めからないと思ってはならない」研究者としての心構えを教わりました
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